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2015年11月19日 (木)

『読書ログ』

1.2012年

 いっそのこと、ユーザの思考を読み取って動作するPCを造ったら好い。クレーグ・トーマスの『ファイアフォックス』は、映画も秀作だった。CGが日進月歩で進化してる現代、リメイクしたら、さらに面白い作品に仕上がるかも、と期待が膨らむ。
2012.2.21

 近頃はなんでも見た目が大事なんだそうだが、UNIXの世界では頭初から見た目重視であったのではなかっただろうか。そういえば、初めてPCの世界に飛び込んだ当時、プログラミング言語を見た目で選択した記憶がある。C言語のプログラムの、その見た目の素晴らしさに、芸術家の作品を初めて観た時に近い感動を覚えたように思う。
2012.2.21

 一昨日、近郊のレコード店で映画「カラーマーゾフ兄弟」(9時間の大作)を見かけた。原作を読んだのは、数十年前で、最初の200ページはドストエフスキイ自身が前書きか何かで断っていた通り、相当な忍耐力を要したのを覚えている。なんとか最後まで読み切り、大文豪であることを改めて認識した。
2012.2.21

 日本版「ニューズ・ウイーク」3・16号表紙に「情報洪水が『頭』をフリーズさせる」との見出しがあった。ネットワーク利用が、情報洪水を加速させてるのは確かで、余りにも多いデータを前にして思考が麻痺してしまうのだが、何を今さらと思う。日本では、飲み会の場では取り敢えずビールを注文で一件落着する。情報が多すぎる際に肝心なのは、情報洪水の中で溺れないようにすることだろう。取捨選択に迷ったら、本能に従うのが無難だろう。乱暴かも知れないが、判断が難しくなったら適当に捨てる蛮勇を振るうのも手かも知れない。そうしないとストレスが溜り「ニューズ・ウイーク」の指摘通り思考停止するしかない。
2012.3.10

 C.G.ユング『ユング著作集2』(日本教文社)に、「(略)無邪気さは(略)…のこどもっぽさと比較することができます。」、「 とめどない饒舌の流れであります。(略)むしろ…の<おしゃべり>に比較すべき(略)」といった興味深いアメリカ人評が載っている。「…」部分には、今日でいう差別語が入っているので削除したが、アフリカ系アメリカ人のこと。
2012.8.12

 ジャック・ヴァンスのSF『ノパルガース』は、不可視生物が人間に取り憑き操っている話で、遠宇宙からやって来た少々粗野だが、親切な異星人がいかにしたら、その取り憑いている異分子を除去できるかを地球人類に教える。除去するにはかなりの苦痛を伴う。人類は愚かにも、異分子との共存を選択する。ジャック・ヴァンスのSFはウイリアム・ピーター・ブラッティの『エクソシスト』と、著しく似ている。当人にさしたる罪もないのに勝手に取り憑く生物…除去するには、激しい苦痛を覚悟しなければならない。いっそのこと、共存した方が楽だし、恩恵を受けられる。こうして、悪魔の囁きは完了する。
2012.8.14

 スティーヴンL.トンプソン著『A-10奪還チーム出動せよ』…東西冷戦の最中、フェアチャイルドA-10攻撃機が、演習中に旧東ドイツ領内に不時着、主人公マックス・モス1等軍曹が、500馬力のフォード・フェアモントで、A-10奪還に出動する痛快無比の冒険小説。著者は合衆国出身の英系アメリカ人。5年間のレーシング・ドライヴァーを経て、雑誌編集者に転身、カー・レースの模様を書き続けた。主人公モスの名前は、英国のF-1ドライヴァー、無冠の帝王として有名な、スターリング・モスに因んで名付けられたという。続編も出ているが、本編が飛び抜けて面白い。映画化したら大ヒットは間違いない。
2012.9.13

 被憑依者は排泄物を好む…元ヴァティカンの幹部にして神父だったマラカイ・マーティンの著書『悪魔の人質』には5編の悪魔払い事例が載っている。1980年に発行して以来、絶版状態なのはどうしてなのか。映画『エクソシスト』や『ザ・ライト』では知りえない事実が多く載っている。文庫化の予定は?
2012.10.12

2.2013年

 「Puboo」から申請中の「Kindleストア」に連携できているかどうかを確認していて、自作ホラーSF『アダムの肋骨』と同名のコミックス(1982年12月刊)が載っているのに気づきビックリした。小生が同タイトルを使い始めたのは、1970年台だったのでパクったのでないことは断言できる。
2013.1.25

 『アダムの肋骨』なるタイトルを思いつき他愛もない小説を書き始めて間もなく、『クロノスの骨』(早川書房「日本SFノヴェルズ」1975年9月)の出版広告が新聞に載った。同じ内容である筈もないのに慌てて購入、確認のため読んでみたが、内容は全く異なっていたので大いに安心したのを憶えている。
2012.1.25

 会社勤めをしながらの創作なので、退社後のひととき、飲酒に耽りながら妄想を逞しくして書くのが常態になっていた。あまり熱心な創作家でなかったのは、刺激の少ない地方の平凡な会社に勤めていた所為かと思うが、完成まで47年もかかってしまったのは、いい加減な生き方が影響しているようだ。
2012.1.25

 偶に出かける地元の書店で、『シャーロック・ホームズの冒険』新装版(延原兼訳、新潮文庫)を発見…訳語の間違い(アイリーネ→アイリーン等)を訂正してある。「改版にあたって」に校閲/校正を行なったらしい延原展氏の名を発見した。久々のドイル作品、迷わず購入した。その勢いでチャイナ・ミエヴィル『都市と都市』をも購入した。
2012.3.20

 近郊にある大型書店の洋書売り場で、面白い組み方をした短編小説集を見つけた。翻訳文(英文)を横に組み(当たり前)、原文(邦文)を縦組みにした対訳だ。帰宅してネットで調べてみると…ペンギン・ブックスの一書だが、出版元は日本の出版社、編集者はMichael Emmerichとなっていた。
2012.3.22

 英文(横組み)、原文(縦組み)の対訳「日本短篇集」(失念のため書名不正確)には、これまでに何度かノーベル文学賞候補に登りながら、毎回のがしている残念な作家の作品の他、知らない作家の短編が載っている。明治/大正の文豪やSF作家しか知らない者には、現代作家は別世界の存在ってだけだが。
2012.3.22

 立ち読みして良書が見つかったら財布の中身と相談の上で買う/買わないを決める。立ち読みするばかりで買わなければ、営業妨害にしかならず書店にとっては迷惑この上ないことだろう。大戦中の大日本帝国海軍「伊号」潜水艦についての記録物を発見した(潮書房光人社刊)。気になる一冊…ぜひ買わねば。
2012.4.17

 マナーを守る喫煙者(除ヘヴィ/チェーン・スモーカー)に、スティーヴン・キングの短編『10時の人々』(文春文庫『メイプル・ストリート』に所収)をお薦めする。キング流、冗談満載のホラー小説だが思わず頷いてしまう箇処もある。映画『ゼイリブ』向きの内容…キング/ホラーファンなら楽しめる。
2012.5.4

 スティーヴン・キングの短篇集『メイプル・ストリート』(文春文庫)の最後に、自身による作品解説が載っている。『10時の人々』の解説中に「差別ではなく区別」が出てくる(312頁)。その表現の前に「1940年代から50年代の…」とあるから米国では早くから区別による棲み分けを進めていたことが分かる。
2012.5.6

 昔、コーブンシャ(今でも存在するのだろうか)から出た『悪魔の飽食』(新書)を読んだことがある。信じられない内容に読了後、解体して他の紙屑と一緒にゴミ出しした。しかし、それで終わらなかった。新装版『悪魔の飽食』(文庫)が、某出版社から出ているのを知った。絶版書が息を吹き返した…まるでゾンビのように。
2012.5.18

 歴史認識を変えない限り、狂国は日本に捏造した旧日本軍の所業を基にタカリ続けるだろう。南京大虐殺のみならず731部隊について、今一度きっちり検証する必要がある。特に、731部隊が人体実験を行なったか否かを徹底的に調査しては如何だろう。米「国立公文書館」に資料の開示を要求するべきだ。
2012.5.18

 ネット上で731部隊について調べていたら、あるサイトに米国立公文書館が731部隊に関する、情報機関の対日機密文書(10万ページ)を公開したことがあると説明があった。当該文書の何処にも証拠は見つからなかったらしい。調査した人物は、やつれた表情で証拠は見つからなかった…と言ったとか。
2012.5.18

  絶版していた『悪魔の飽食』を再刊した出版社に、どのような意図があったのかは兎も角、石井四郎中将(731部隊の部隊長)の名誉が回復する運動でも起こるようなら、それなりに好意的な評価を得られるかも知れない。
2012.5.18

 『ローズ』(マーティン・クルーズ・スミス著)に登場する鉱山技師は、砒素を服用して中毒症状を抑える酔っぱらい(だったと思う)。砒素は毒物なのに微量なら薬になるらしいと知って驚き、呆れた。作者の単なる創作なのかも知れない。『ローズ』は、悪には悪の役目がある(『日月神示』)という好例かもしれない。
2012.5.24

 ジム・マースの著書が大型書店の売り場に、平積みになっているのを見かけた。カヴァーに、「神の仕業でないとしたら、それは陰謀である」とあった。『深[地球史]宇宙人UFO大事典』で、天使、悪魔、キリストは宇宙人と喝破していた(と思う)、著者ならではのインパクトある最新作(書名を失念)。
2012.5.26

 ジョイスの小説を久しぶりに読み返し新しい発見をした―「ムルクニャオー! と猫は叫んだ。猫は頭が悪いとみんなが言う。しかし、こいつらはわれわれの言うことをずっとよく理解しているんだ。…判りたいだけの事はぜんぶ判る。…」(『ユリシーズ』Ⅰ68-9頁、世界文学全集Ⅱ-13、河出書房)。ジョイスが作品中に猫を登場させていたとは、数回は読んでいた筈だが気づかなかった。グリーン版世界文学全集のⅡ-13、14(『ユリシーズ』)を入手したのは、ある地方に住んでいた30年ほど前だった。偶々入った書店で、2巻本が目線より上の書棚にあるのに気づいた…それが『ユリシーズ』だった。
2012.6.10

 世にある数多くのSFの中には、繰り返し読んでも飽きさせない作品がある。例えば、1.『宇宙のランデヴー』(アーサーC.クラーク)はハードSF中のハードSF、ロックに譬えるならHMだろうか。2.『燃える世界』(J.G.バラード)は、「燃える…」という陳腐この上なしのタイトルだが読ませる。バラードの得意は破滅もので、『燃える世界』は温暖化どころか灼熱化し、海水が干上がって行く世界を戦慄的な筆致で描いている。3.『人類皆殺し』(トーマスM.ディッシュ)は、スプラッター・ホラーかと二の足を踏んでしまいそうなタイトルだが、終末SFにも拘わらず、意外とファンタジーっぽい。4.『変種2号』は、PKD(ディック・ファンはフィリップK.ディックをこのように呼ぶ)の短編SF。人間とアンドロイドの違いについて、楽しませながらも考えさせるところがPKDらしい。5.『モスマンの黙示』(ジョンA.キール)は、有名なUFO研究家の作品(著者は実話と主張している)。著者自身に覚えのない高額な電話料金の請求が届いたり、さらに周辺で不可解な事件が頻発する。最後に、すべての事件がジグソー・パズルのように一箇所に収斂し、ある街で大事故が発生して多くの人々が生命を失う。再読、再々読して飽きることのない作品だ。読んだその日から誰もがモスマンの虜になる。6.マイクル・クライトン『スフィア』は時間旅行テーマのSF。深海に潜水するに当り、潜水艇内をヘリウム混合気体で予圧する場面がある。艇内には、ドナルド・ダックやミッキー・マウスの声が飛び交い、思わず爆笑してしまう。翻訳は名訳だが、原書で読むと笑いがさらに数倍増加すること請け合いだ。
2012.7.31

 噂では、スノーデン氏が超弩級の暴露を始めたという。地底には、地上の人類よりも遥かに進化した人類が存在するらしい。地底世界を描いた、SF『地底世界のペルシダー』(E.R.バロウズ著、創元SF文庫)や、ノンフィクション『地底世界人は本当に存在した』(ティモシーG.ベックリー著、徳間5次元文庫)などの通りなら、近々世界情勢は急変するだろう。
2012.8.1

 20数年前、20巻以上ある中里介山『大菩薩峠』(ちくま文庫)を1巻から5巻まで読んだことがある。PCを使い始めてから、コンピュータ関連の月刊誌や参考書を読む機会が増え、小説をあまり読まなくなっていた。PCを使う動機は手書きが面倒だったからで、皮肉なことに余裕が増えたにも拘わらず読書量は減った。
2012.8.11

 元々、長編小説を読むのが趣味だった。PCを使うようになり、PC関連の月刊誌や参考書を「拾い読み」、「飛ばし読み」する中、その場しのぎになってしまった。最近、若い頃のような受信がめっきり減り、発信の方が多くなった。しかも、ほとんど役立たない発信ばかり…暇つぶしの積りではないのだが。
2012.8.11

 近郊の書店で、『失われた時をもとめて』(集英社文庫)を見かけたことがある。文庫本で全14巻を今、読むだけの気力、体力が残っているだろうかと自問してみる。余計な欲望がなくなった(単に涸れかかっているだけ)分、一点に集中できるから読破できないこともない。老いて有利になったのは気長になったことだ。
2012.8.11

 マリリン・ファーガソン『アクエリアン革命』(原題 ’Aquarian Conspiracy’)の’Conspiracy’は、革命ではなく企みであり陰謀らしい…水瓶座の陰謀か。著者は社会学者、心理学者 等多彩な顔を持った女性。ケン・ウイルバー編『空像としての世界』に名を列ねている―「プリブラムの変動する真の実在―脳の中の宇宙と宇宙の中の脳」(『空像としての世界』第Ⅱ章p37、1984年、青土社刊)がそれ。ファーガソンの真骨頂は、オカルティズムの世界に見ることができそうだ。ニューエイジ・ムーヴメント…自己の能力、自己の徳、自己の愛、自己の霊性…を高める(?)。
2012.8.11

 一見紳士風、実は凶悪な 鈎爪と鋭いキバを隠して、にこやかな表情で近づき、甘い言葉で囁きかけてくるんだ。人類の進化に一役買ってるウイルス同様、サタンもまた人類の進化に貢献している。でなければ、神がサタンを認めたりはしない。矛盾に見えるのは、人間に知恵が足りないからだろう、それとも…
2012.8.11

 小生、少々偏屈者なので、話題沸騰中の作品を無視して、話題にもならない作品を読みたいと思ったりする。数十年前、『フアウスト博士』(岩波叢書)を途中まで読み、手放してしまった(惜しいことをした)。ハックスリの『恋愛対位法』(岩波文庫)を、数年前によく行く大型書店で見かけたことがある…買っておくべきだった。
2012.8.24

 未読、再読を含む、ドストエフスキーやサマーセット・モームの全作品、モーパッサンの短篇集、それから鴎外訳『ファウスト』を読んでみたい。今後少しでも気力が残っているなら、ドイツ語やロシア語も、原書を読めるよう修得したい。なんだ、それでは眠る暇もない…売れないホラーSF書いてる場合か!
2012.8.24

 暑い中、気になる一冊―『新約 出口王仁三郎の霊界からの警告』(武田崇元著、Gakken刊)―を買いに出かけた。電車に乗って、少し遠出をすることにする(気紛れが生甲斐)。同系列の大型書店2店に行ったが見つからず、さらに他の街まで出かけたが見つからなかった。8月20日発売のはずなのに…。帰宅時、地元書店に寄ったら見つかった。灯台下暗しとはよく言ったもの、近くの書店を素通りしなかったら、暑い思いをしないで済んだが…ともあれ、著者(古神道研究家)による当意即妙な解説―「パンク・ファッション」(王仁三郎の出で立ち)―により、『霊界物語』に接することができるのは有難い。
2012.8.24

 何といっても怖いのは、映像より活字だけの『悪魔の人質』(マラカイ・マーティン著、1980年、集英社刊)。読む度に、新しい発見をしてしまう、不思議な読み物だ。著者は元神父(翻訳者の後書きに、ヴァチカン幹部だったとある)で、神父を辞めて渡米後、ガソリン・スタンドで働きながら同書の出版に漕ぎつける。しかし、タイミング悪く映画『エクソシスト』と鉢合わせ。結局、何年か待って出版することになる。著者(アイルランド出身)によると、同書は実話とのことだが、真偽のほどは繰り返し繰り返し、読んでみるまで分からない。兎に角、神秘に満ちた5編からなる事例は、類書顔色なしの凄まじい話ばかりだ。
2012.9.2

 『ホット・ゾーン』(リチャード・プレストン著、1995年、飛鳥新社刊)も、『悪魔の人質』同様、活字だけで恐怖を呼び起こす超弩級ノンフィクション。原書ペーパーバック版『THE HOT ZONE』(1995年、CORGI BOOKS)の表紙に、スティーヴン・キングの感想が載っている―「One of the most horrifying things I've read…(わたしが、これまで読んできた中で、最も恐ろしい作品の一つだ)」。恐怖の正体はエボラ出血熱…頭を擡げたコブラのような姿は、悪魔も真っ青な悍ましさ。
2012.9.2

 スティーヴン・キングの長編は大長編と、呼んで差し支えないほど長い。中には、長編が何編も入っているのではないかと、思えるほど長すぎる作品がある。最後に読んだのは、『ザ・スタンド』だったかと思うが、読んでいて兎にも角にもくたびれた。『シャイニング』、『デッド・ゾーン』、『呪われた町』あたりが丁度よい。キングの創作の秘訣は、文章を能動態で書くことなのだとか。立ち読みした『文章読本』の中に、書いてあったのを憶えている。そういえば、IBMではテクニカル・マニュアルの文章を能動態で書くよう指示すると、ある有名なコンピュータ科学者(米)のエッセーで読んだことがある。マシスン『アイ・アム・レジェンド』の分量(300ページ未満)は、エキスのみから出来ている、栄養価の高い宇宙食の感がある…徹底的に無駄を省いた傑作中の傑作。
2012.9.3

 英国の作家、ギャビン・ライアルの『深夜プラス1』はハードボイルド・タッチのスリラー小説。戦中、レジスタンスに身を投じた元「MI-6」の部員だったガンマンが、敵味方に別れて撃ちあうアクション・シーンが圧巻。作中に登場するシトローエンの、先鋭的なディザインは、いまだに色褪せていない。
2012.9.13

 ベストセラー作家、ディーンR.クーンツは下積み時代、ポルノ小説を書いて糊口を凌いだという。今では、スティーヴン・キングと、ホラー小説界で首位を争うまでになった。気になるのは、長編小説の表現の中に、下積み時代の妙なリズムが散在することだ。例の一件を知らなければ、素通りしてしまうほど瑣末なのだが…。短編小説には、そのような影響はなく、純文学に近い澄み切った表現が多いのに、なぜ長編は違うのか…解せない。昔は、新刊本が出る度に、期待して読んだものだ。しかし、一件を知るようになってから、独特なリズムが引っ掛かり、敬遠するようになった。偏見かも知れないので、読み返してみようと思う。
2012.9.16

 外国では、警官がアルバイトでポルノ小説を書くと、雑誌か何かで読んだことがある。給料が安すぎるのか、それとも他に理由が…ずーっとそんなことを考えていて、昨日の夕方とつぜん気づいた。毎日のように逮捕者の供述書を作成する警官には、供述が「事実は小説よりも奇」なるものに思えたに違いない。供述書を書き直すだけで、ポルノ小説が出来上がる。題材なら、毎日おこる事件の中に無尽蔵にあるし、文才あるなしに拘わらず、編集次第で何作でも書ける。正義感の強い警官でも、生活の足しになるなら(違和感はあるにしろ)、そういった小説を書くのに、さほど抵抗感はないのではないだろうか。
2012.9.16

 荒俣宏著『Rex Mundi』(レックス・ムンディ、集英社刊)、映画『The Da Vinci Code』(ダヴィンチ・コード、監督ロン・ハワード、’2006年)…キーワードは前者ニコラ・プッサン、後者ベランジェ・ソニエール。数年前、『ダヴィンチ・コード』(DVD)を鑑賞したことがある―映画『ダヴィンチ・コード』からは、よくできた作品の印象を受けた。原作は盗作さわぎで話題なり、それが逆に作用して、ベストセラーになるなど、不思議な現象が現れていた。ひょっとして、盗作さわぎは当初から、計画されていたのではないか、そう勘ぐりたくなるほど、原作は人気を博していたと思う。
2012.9.19

 偶に立ち寄る書店に、気になるノンフィクション『レンヌ=ル=シャトーの謎』があった。かなりページ数があり、そのうえ高額でもあったため、入手するまでに結構な時日を要した。読み始めてすぐ『ダヴィンチ・コード』の種本であると分かった。盗作さわぎは、当初より想定内にあったのかも知れない。『レンヌ=ル=シャトーの謎』をそっくりノベライズしたのでは、と思いたくなるほどよく似ていた。では小説『レックス・ムンディ』はどうだろうか。小説の存在に気づいた時には文庫本になっていた。したがって、初版本が単行本であったかどうかは知らず、話題になった時期があったかどうかも知らない。映画を鑑賞し、ノンフィクションを読み、しばらく後に小説を読了、著者の調査能力に脱帽した。『レンヌ=ル=シャトーの謎』に沿って、現地を踏査し、その上で作品に仕上げた力量には、感心するしかなかった。オムファロス=世界の中心、レックス・ムンディ=世界の王…では次に、何が続くのだろうか。
2012.9.19

 ハワード・フィリップス・ラヴクラフトは、詩人でもあるポーの後継者と見做されているが、作風は殆ど対局に位置しているように見える。文学性の香り高いポーの文体とは異なり、ラヴクラフトの文体は科学的で、むしろ調査レポートを読んでいるような、錯覚に陥るほどドライで、素っ気ない印象を受ける。しかし、銀河系宇宙をも超越したかのようなプロットは、スケールの大きさで群を抜いている。流麗とは言い難い文体は、形容詞を連ねた古風で重々しい表現により、読者を混乱と恐怖の淵に落とし入れる。ある日、偶に立ち寄る大型書店の書棚に、見慣れない装丁の文庫本、12巻が並んでいるのに気づいた。それは、副題「暗黒神話大系シリーズ」を付した、「クトゥルー」シリーズだった。当日は所持金が少なく、ページを捲る程度にして帰った。以後、見かける度にページを捲り、手ぶらで帰る日が続いた。ところが、ある日到頭『クトゥルー』全巻が、いつも目にしていた書棚から、すっかり消えてしまった。逃した魚を悔やむ釣り人の心境だった。暫くは買いそびれた無念が胸のうちに蟠っていたが、忘れかけていた頃、大型書店とは別の小規模チェーン店に、その12巻本がひょっこり現れた。まるで此処にあるよと告げているかのようで、さっそく所持金で数冊を購入、その後何回かに分けて全冊買い揃えた。
2012.9.20

 『空像としての世界 ホログラフィをパラダイムとして』(ケン・ウィルバー編、井上忠他訳、1984年、青土社刊)は極めて難解だが、多くの興味を引く内容を含んでいる。本書は、神経外科医カール・プリブラム、物理学者デヴィッド・ボーム二人の研究者が、ほぼ同時期に到達した同一の結論を基に議論を展開している。宇宙の仕組みは、脳の働きを解明することによって理解でき、光学分野のホログラム(完全写像記録…この訳語自体が難解)が有力な手がかりを与えてくれる。ホログラフィ(完全写像法)技術によって、撮影した写真の一部分を切り取り、引き伸ばすと、まるで手品でも行なったかのように全体像が現出する。では、外部から入ってくるデータを脳がどのように解釈し、組み立て直すのか。これまで、少なくとも3回は本書を読了したが、一度もきっちり理解できた試しがない。そこで、勝手に文脈から想像を逞しくし、妄想のスパイスを利かせてみる…脳は程度の差はあれ、外部からの信号を捉え、解釈し具象化する。それが、物質世界を結果として形成している。信号はもちろんマトリックスから、発せられる(発信しているのが何者であるかは、この際とわないことにする)。知的レベルの異なる生物が銘々信号を解釈しながら、なぜ同一世界を構築できるのか…それは、マトリックスにそのような、機能があるためだろう。ならば、人間は自身を如何にして、物質界に存在させうるのだろうか。周囲の世界は構築できても、自分自身を構築しえない筈だ(この辺りは支離滅裂!)。ひょっとすると、この物質界そのものが、現実には存在せず仮想の世界だとしたら、人間の霊体自体は、マトリックスにしか存在しないのかも知れない。
2012.9.25

 米国の有名な作家、トーマス・ピンチョンは実名なのだろうか。実名だとしても、公の場に出てこないのか不思議だ。表彰式に代理人を立てたり、ピンチョン氏は、ヴェールを被り謎が多い。読者の中には、作家の私生活まで知りたがる人は少なくない。しかし、作品と私生活は切り離すべきではないだろうか。
2012.9.30

 『文章読本』には、記憶の限りでは文豪谷崎潤一郎、ベストセラー作家スティーヴン・キングおよびディーン・クーンツの3人に著作があったように思う。スティーヴン・キングは著作の中で、「受動態を使わない」と書いている…これは名言! 受動態多用では焦点が定まらず、曖々然昧々然になってしまう。
2012.9.30

 文章から、作者を想像するのは楽しい。米国のSF作家に、ジエームズ・ティープトリィ・ジュニアという女流作家がいた。何かのきっかけで、ティープトリィが女性だと分かったのは、ズーッと後になってからだった。SF作家トーマスM.ディッシュは、「女性だったなんて信じられん!」と叫んだとか…
2012.9.30

 年がら年中、活字の世界にどっぷり浸かっている所為か、小説、非小説に拘わらず、最初の一行が非常に気に懸かる。読者を初っ端から、歯切れのよい表現でグイグイ惹きつける作品や、晦渋難解で理解できず困惑させる作品等々、作者の性癖がそうさせるのか十人十色だ。分り易いに越したことはないのだが…
2012.9.30

 『罪と罰』は一気に読めたが、『カラーマーゾフの兄弟』には相当てこずったのを覚えている。今なら、抵抗なく読めるかも知れない。『白痴』、『悪霊』の方が読みやすかったように思う。ドストエフスキーの作品の中では、米川正夫訳の『死の家の記録』、『地下室の手記』が愛読書だったような気がする。
2012.10.3

 画家は色着きの夢を見るとか聞いたことがある。しかし、悪夢を描いたスイスの画家H.R.ギーガーの絵画を見る限り、必ずしもカラーではなく灰色だ。夢には色が着いていることもあるが、大抵はモノクロではないだろうか。夢は視覚だけではなく聴覚にも現れる。夢の中で音楽が聴こえてくることがある。
2012.10.3

 『夢判断』の著者シグムント・フロイトの考えは、性的な解釈に終始し、弟子であるカール・ユングは恩師と喧嘩別れしてしまった。ユングは、神話や霊的な精神世界の観点から夢を解釈している。ゲルマン系のユングが、所謂ユダヤ系のフロイトと、袂を分かつことになったのは、当然の帰結と言えそうだが…
2012.10.3

 映画『スティグマータ』で、アラム語(古代語)の存在を知り、言語について詳しく知りたくなり、二年ほど前『文字の歴史』(S.R.フィッシャー著、鈴木晶訳、研究社刊)を購入した。著者は、著者略歴によると、未解読文字研究の第一人者とのことで、文字について読者に想像の楽しみを与えてくれる。『文字の歴史』は読んで楽しい良書だが、一部に気になる記述がある。266頁に「…二千字を習得するようになったのは比較的最近のことで、米軍駐留時代に導入された厳しい教育改革の結果である」とある。UCLAで博士号を取得した著者は日本人が戦前から高識字率だったをの知らない…研究不足ではないだろうか。沖縄に住んでいたこともある『文字の歴史』の著者フィッシャーは知日家のはずなのに、研究資料の選択を誤ったか、戦前の日本人は識字率が低かったと著書に書いている。フィッシャーが、日本人を低く評価したのは無理もない。なにしろ、GHQのお陰で大部分の日本人が歴史認識を間違えている。日本語の表記法は、世界で最も複雑(同書220頁)なのだとか…日常、文章を書いていて意識したことはなかった。
2012.10.6

 2年以上前、大型書店の店内をぶらついていて、ライアル・ワトソンの『思考する豚』(木楽舎)を見つけた。咄嗟に思い出したのは、フィリップ・K・ディックの短編SF『ウーブ身重くよこたわる』だった。ウーブはブタのような姿をした、何事にも寛大かつ人知を超えた異星生物。『ミラグロ』(ロバート・レッドフォード監督)には、ルピタというイタズラ好きで愛嬌のあるブタが出てくる…愉快であり痛快でもある映画だった。
2012.10.7

 一昨年、近郊のレコード店で映画『カラーマーゾフ兄弟』(9時間の大作)を見つけた。原作を読んだのは30数年前で、最初の200ページはドストエフスキイ自身が前書きで断っている通り、相当な忍耐力を要したのを覚えている。当時、なんとか最後まで読み切り大文豪であることを改めて認識した。
2012.10.7

 最近、文庫本の表紙絵をよく眺めることがある。古くはフレッド・ホイル『10月1日では遅すぎる』、比較的に新しい作品では、フィッツ=ジェイムズ・オブライエン『金剛石のレンズ』、ロバートW.チェイムバーズ『黄衣の王』、クラーク・アシュトン・スミス『ゾティーク幻妖怪異譚』…見ていて楽しめる。
2012.10.7

 去年3月6日、午前11時すぎ12ch(アナログTV)で、アンソニー・ホプキンズ主演、3月19日に公開予定の映画CMを流していた。トレイシー・ウイルキンソン『バチカン・エクソシスト』(2010年4月、文春文庫)を基にした可能性がある。同書の著者はロサンゼルス・タイムズの敏腕記者。
2012.10.7

 絶版の参考書を復刻している出版社があり、一読者として嬉しい限りだ(山崎貞『新自修英文典』、研究社刊)。原出版社より許可を得て、復刻版を出版している出版社もある(エイホ、カーニハン、ワインバーガー共著『プログラミング言語AWK』、新紀元社刊)。岩波文庫からも、復刻版が定期的に出ている。
2012.10.7

 元バチカン高級官僚、神父のマラカイ・マーティンの著書『悪魔の人質』(1980年、集英社刊)は、映画『エクソシスト』の公開と重複、それを避けるために出版を延期したノンフィクション。エクソシズムとして5編の事例が載っている。30年以上前、ハード・カヴァー版で¥1、900していた。同書は現在絶版のため、美麗な古書には3万円以上の値がついているようだ。我が家の所蔵本は、カヴァーなし、茶色に変色、おまけにカビだらけ。それでも処分せずに保存しているのは、内容が驚異的であるばかりか、翻訳が卓れているからだ。
2012.10.7

 「男は強くなければ生きられない。優しくなければ生きている資格はない」…フィリップ・マーロウ(レイモンド・チャンドラー『プレイバック』)。チャンドラー・ファンなら、誰でも知っている私立探偵フィリップ・マーロウの名セリフだ。
2012.10.7

 文章は、思いつくままに書くのが好いか、それとも論理的に整然と書くべきか。論理性に重点を置いて書いた小説は、果たして小説になりうるのだろうか。意識の流れに従って、完成させた『ユリシーズ』や『失なわれた時を求めて』は、論理性に欠けるかも知れないが面白い。面白いかどうか…それが重要だ。
2012.10.7

 若い頃、猫が登場するミステリー短編集(作品名失念)を読んだ憶えがある。ミステリー作家には猫好きが多いのか、そのアンソロジーには、10数編の短編が入っていた。逆に、ホラー作家には犬好きが多いらしく、キングやクーンツは作品に犬を登場させている。マキャモンに至っては犬と同類の狼だった。
2012.10.7

 ロバートR.マキャモンの作品の中に、経済的な理由から、旅行会社のパンフレットでバハマ諸島を調べて書いたホラー小説がある―ナチスの亡霊が登場する、カリブ海を舞台にしたデヴュー作『ナイト・ボート』。近頃マキャモンの小説を書店で見かけなくなった。ウエブで調べたら絶版が多かった。何かにつけて、スティーヴン・キングの二番煎じのように云われるマキャモンだが、作品の評価を決定する想像性や完成度では引けを取らない。『スワン・ソング』のようにスケールの壮大な作品では、キングを上回っているとも思える。『アッシャー家の弔鐘』は買いそびれ、ついに読まずに過ぎてしまった。
2012.10.7

 信仰に迷いのある人に、英国の生物学者リチャード・ドーキンスの『神は妄想である』をお薦めしたい。ドーキンスは、ダーウインの進化論に基いて論証を進めている。小生としては、ダーウインの唱える「進化論」擁護派ではないので、まったく納得できなかった。神はやはり、存在するのではないだろうか。
2012.10.8

 世界中の宗教が、信仰の対象としている神は神を装った「なにもの」かで、本当の神様は別にちゃんとおられる。馬鹿の一つ覚えかも知れないがそう信じている。根拠は「トマスの教え」…映画『スティグマータ』で初めてその存在を知った。神様はこの上なく寛大―でないと、世界は罪人で溢れ返ってしまう。
2012.10.8

 昔、ウオルター・サリヴァン著『我々は孤独ではない―宇宙に知的生命を探る』(1967年、早川書房刊)を立ち読みしたことがある。「宇宙には生命が満ち溢れている、だから孤独ではないのだ」と書いてあったと思う。いずれにしろ、人類は46(シロク)時中、何者かの監視下にある故に孤独ではない。
2012.10.8

 『ムー』(2011年3月号?)に、冥王星軌道に接近する、直径240kmの巨大なUFO3機の静止画が載っていた。2012年12月中旬には火星軌道から、さらに地球軌道に到達するはずだったが…なぜか続報がない。急激に軌道を変え消えてしまった、エレニン彗星と何らかの関係があるのだろうか。
2012.10.8

 2年ほど前、某タブロイド紙に英で公開された公文書に基く、UFO騒動記(2010年1~7月)が載った。今更なぜ、公文書の公開が?ロズウエル事件のように、最初肯定、後日否定ってことにはならないか。今回、米大統領が、記者団に公表してしまったからには、そういった事態にはならないはずだが…
2012.10.8

 記憶が曖昧なので自信ないが、マキャモンを知るきっかけになったのは『SFマガジン』誌に載った短編『プールの中』だったかと思う。作家に転向前、ジャーナリズムの世界にいたマキャモンだから文章表現は上手い。キングの『シャイニング』同様、原書で読んだら面白いかも知れない…語学力さえあれば。
2012.10.8

 一昨年、『ムー』3月号に特集「宇宙から来た神々の人類支配計画」が載った。チャールズ・フォート説をさらに追究した、ウイリアム・ブラムリー説(1989年に著作を出版)を紹介しながら論を進めていた。ブラムリーは、ゼカリア・シッチンの著作から、着想を得たのではないだろうか…自信はないが。
2012.10.8

 人間は本来猥雑が好きなんだと思う。スティーヴン・キングの小説には、どれも際どい表現が出てくる。品行方正だけで人間社会が成り立つなら昔の都市国家ジュネーブは現在でも存在していなければならない。放送業界の表現規正なら公共性が強いから、ある程度は納得できる。出版界に広がったらどうなる?
2012.10.8

 名著にも拘わらず、絶版になった書籍は数多くある。原出版社が乗り気でないなら、他社に出版権を譲渡しては如何だろう。書店には新刊本が山積みだが、名著として残るのがどれだけあるのか。殆ど、一過性のものとして消えてしまうのかも知れない。ならば、最初から電書として出すべきではないだろうか。
2012.10.8

 21世紀の最大の謎は、UFOと憑依現象だろうと思う。誰もが知っていながら、正体がいまだに明らかになっていない/すでに明らかになってはいるが隠蔽されている。地球製デルタUFOの目撃情報が出てきてはいるが、信憑性があるかどうか疑わしい。憑依現象に到っては、特定の月刊誌に偶に載ることがあり、知ってる人は結構多いかもしれないが、信じるか/信じないかで終わっている。
2012.10.8

 地方居住時代、『超科学シリーズ』(国書刊行会)を、地元書店を通じて注文し入手していた。しかし結局『モスマンの黙示』、『怪奇の解剖学』、『アトランティスの記憶』の3巻しか入手できなかった。『呪われし者の書』(チャールズ・フォート)は、数回注文したにも拘わらず、遂に入手できなかった。
2012.10.8

 翻訳は「翻訳者の数だけある」そうで、同一の小説を読み比べてみたら面白いに違いない。アーサー・クラーク『幼年期の終わり』には創元SF文庫(沼沢洽治訳『地球幼年期の終わり』)、ハヤカワ文庫(福島正実訳『幼年期の終わり』)があり、ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』に到っては3社から出ている。『ねじの回転』が3社から出ているのは、それだけ人気が高い証拠なのか、背景やら経緯を知ることで、作品への愛着が一層増すかも知れない。発行年の古い順に、蕗沢忠枝訳(新潮文庫)、行方明夫訳(岩波文庫)、南條竹則・坂本あおい訳(創元推理文庫)が出ている。
2012.10.8

 去年4月初め、近郊の大型書店で、奇妙キテレツ/奇想天外な文庫本『666イルミナティの革命のためのテキスト』(アレクサンダー・ロマノフ著、ヒカルランド刊)を見つけた。立ち読みばかりでは営業妨害になるので買った。カヴァー裏表紙に「ロシア皇帝ロマノフ家の正当な継承者」とある(著者略歴)。『666イルミナティ…』の著者は自称ロマノフ家の子孫にあたる人物らしい。果して信じてよいのか判断し難いが、秘密結社から直々誘いがあり、現在当該結社の一員だという。それで思い出すのは、『日月神示』のいう、「悪の貌した善、善の貌した悪」の真相に就いてだ。学問や智恵では解けそうもない。
2012.10.10

 『日月神示』宣わく、「学、知恵は役に立たんぞ」。人間の学問や知恵では、救いにもならない大災厄が訪れる…だから、改心してくれよと仰言る。改心したら、悪神も悪人も救けてやるとの仰せだ。しかし善人だろうと、改心しなければ灰にされてしまう。トンデモなく厳しいことを、仰言る神様ではないか。
2012.10.10

 『666イルミナティの革命のためのテキスト』(ヒカルランド刊)の著者は、ロシア皇帝ロマノフ家の正当な継承者(カヴァー裏表紙の説明)と自称している。目次を見るだけで、トンデモ本なのかと思えるほど、信じられない項目がつづく。例えば第6章…そこでは神とサタンが逆転している!、とある。
2012.10.10

 ゼカリア・シッチン著『人類を創生した宇宙人』、『[地球の主]エンキの失われた聖書』(徳間書店刊)には、地球の人類誕生の秘密が載っている。考古学者には、到底想像もつかないことだろうし、少しばかりの想像力では、到底首肯し難い内容だ。肯定しようにも否定しようにも証拠がない、それが現実。
2012.10.10

 埴谷雄高の『死霊』最終章に、神を告発するくだりが登場する。どうやら神様にも人間同様、善悪両神が存在するようだ。ニーチェは基督教の欺瞞を説いているし、アレクサンダー・ロマノフにいたっては世界の三大宗教をサタンの教えとまで極論している(『666イルミナティ 革命のためのテクスト』)。
2012.10.10

 三大宗教(ユダヤ教、基督教、イスラム教)はSatanの宗教…アレクサンダー・ロマノフ著『666イルミナティの革命のためのテキスト』 には、そのように書いてある。ヒンドゥー教、仏教には言及していない。唯一、神の教えを伝えているのは神道と、自信タップリに語っている。日本人はもっと誇りを持つべきだろう。
2012.10.10

 30年前、購入した本が結構ある。その頃は、現在より格別働きがよかった訳でもないのに、本はマメに買っていた。その一冊がトム・ウルフ『ザ・ライト・スタッフ』(中野圭二・加藤弘和訳、1981年、中央公論社刊)。ライト・スタッフ(正しい資質)の持ち主とはチャック・イエーガーのことだった。
2012.10.12

 『ゴシック名訳集成 西洋伝奇物語』(東雅夫編、学研M文庫)所収の、平井呈一訳「おとらんと城奇譚」は文語訳に加え旧仮名遣いのところが雅趣に富み、味わい深い。エドガー・ポーの『アッシャー家の崩壊』が、日夏訳では『アッシャア屋形崩るるの記』となっていたり、古風な表現が逆に新鮮に響く。
2012.10.12

 スティーヴン・ロジャー・フィッシャー『文字の歴史』(鈴木晶訳、研究社、2005年刊)が面白い。著者は幼少時、沖縄に住んでいたことがあり、日本の文字が地球上に存在した文字の中で最も複雑との評価をしている。また、漢字以前に日本に文字があったか否かは不明と結論してるが、その辺りは不満。
2012.10.12

 太古の日本には現用文字とは異なった文字が存在していたらしい。その太古に使用していた文字から、日本国の起源が判明するのではないかと期待は膨らむ。またシュメール文字やアラム文字の源流を突き止められるなら、地球の人類の起源も明らかになるかも知れない。古代では、文字は呪術に不可欠だった?
2012.10.12

 レイモンド・チャンドラーの作品は、ハードボイルド小説が定説になってるが、割りと叙情性に富んでいる。また、架空の街アイソラの情景描写から始まる、エド・マクベイン『87分署シリーズ』冒頭の何行かはまるで詩のようだ。卓れた小説は、冒頭部分の数行を読めば、真価が分かるのではないだろうか。
2012.10.12

 フィリップK.ディック(PKD)作品の愛好者は、内容に破綻が生じていても気にしない…それもまたディック流なのだ。登場人物がいつの間にか、文中から姿を消してしまうあたりは、ミステリー仕立てだ(実際は、作者が忘れてしまっただけらしい)。PKDはSF世界のミステリー作家だろうと思う。
2012.10.12

 サマーセット・モームが何かに書いていた…小説をジャンル分けするのは無意味、面白ければそれで好い。純文学愛好家は文豪ドストエフスキーの『カラマーゾフ兄弟』を、ミステリー小説と思ったことはないだろう(多分)。文豪はこの作品を書くにあたり、当時の事件を調べるため新聞を徹底的に渉猟した。
2012.10.12

 2011年3月27日、某紙読書欄に、ハワード・フィリップス・ラヴクラフト(HPL)の新訳『狂気の山脈』(東本貢司訳、PHP研究所)の紹介記事が載っていた。すでに、創元推理文庫には、大瀧啓裕の名訳があるので、読み比べてみたら面白いかも知れない。
2012.10.12

 地方居住時代、消費税が3%から5%に上がる数ヶ月前に、大学のある町まで電車に乗り、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』を探しに行ったことがある。広い店内を物色し終わり、見つからないのに内心ガッカリしながら、それでも書棚の何処かにありそうに思い、ふと目線を上に向けたらそこにあった。河出世界文学全集グリーン版『ユリシーズ』Ⅰ、Ⅱ(平成6年6月13日発行、31版)の1巻目2百数十ページに、熟語が逆立ちしている箇所がある(記憶が曖昧で見つからず)。誤植らしく漢字が180度回転していた。我が家の宝のようなものだが、勿論愛読書でもあり、これまで3回読了した。
2012.10.12

 我が家には何故か文語訳『旧新約聖書』と、『The Holy Bible-King James Version』(IVY BOOKS)がある。信心深いから聖書を所有しているのではなく、数十年前「エゼキエルの書」にUFOの記述があるのを、UFOマニアから聞いたためだった…バチあたり!
2012.10.12

 一昨年の3月初旬、『トマスの教え』に関する、研究書(講談社学術文庫)を見つけた。著者はトマス研究の世界的権威。映画『スティグマータ』で初めて聖人トマスを知った。それ以来気になっていたのだが遂に発見。書棚に1冊しか置いてなかった所を見ると、発行部数が極めて少ないのか…研究書なのに。
2012.10.12

 HR/HM(ハード・ロック/ヘヴィ・メタル)解説本は、批評と共にジャケット絵を掲載しており、眺めているだけでも楽しめる。書評に表紙絵を加えて出版したら、読者はこぞって購入するに違いない。優れた表紙絵を基に選択した、書籍の書評なら進んで書く人がいそうな気がするが、素人考えだろうか。
2012.10.12

 遠宇宙から地球に異星人がやってきた。地球に着陸した異星船に近づきハッチを開けた地球の、調査隊隊員が目にした光景は…船内溢れんばかりの排泄物、その中に埋もれるようにして異星人が―ブライアン・オールディス『暗い光年』。ユートッドなる異星人は痛覚がなく、殺されても意識が薄れて行くだけ。
2012.10.13
 一昨年、近郊の大型書店で立ち読みしたある単行本に、日本人の起源が書いてあった。日本人はハイブリッド型…それが優秀な知能を生み出した―真偽のほどは兎も角、非常に興味深い考えだ。古代の日本人は、優秀な人種だったらしい。祖先が優秀だったとしたら、現在の日本人は退化人種なのかも知れない。
2012.10.14

 年代暗記中心の歴史に面白みがなく、これまで殆ど無関心だった。しかし現在、日本の危機的状況の中で、日本の歴史を古代および大東亜戦争に限り、猛烈に知りたくなった。古代の日本には文字があったのか、なかったのか。特に古文献『秀真伝』(ホツマツタヱ)の写本が語る古代の48文字は、なぜ現代に伝わっていないのか。また、大東亜戦争の敗戦により、東京裁判で日本が一方的に悪者になってしまったのは、どうしてなのか。それを知るには、判決を論駁した法学者(インド)の著書『パル判決書』(講談社学術文庫上・下)を読まなければならないようだ。1、600ページを超える大部な書、読書百遍…の気構えで取り掛かってみたい。中学、高校の教師には、担当教科関係なしに、日本の正史を受講させる必要がある。特に、捏造が明らかになった「南京大虐殺」、および「所謂追軍慰安婦」問題の真相を、徹底的に叩きこむべきだ。そうしないと、日本人でありながら反日に走る愚か者は、己れの無知蒙昧の害毒を臆面も無く、生徒に押し付けることになる。日本人が永遠に、自虐史観を引き摺って生きるとなったら、日教組に取り込まれている教師、および反日歴史学者の罪は深い。罪を悔いて、寺か教会にでも行って懺悔するべきだ。どの道、地獄堕ちだろうけど、無信仰のままで死ぬよりも、救いはあるだろうと思う。
2012.10.14

 一昨年、『日月神示』(ひつきしんじ)なる不思議な著書を見つけた。帰宅後、ウエブで調べてみると、同じ著者の解説書が続々出てきた。原書は、戦時に代理神主を務めていたという画家にして霊能者、岡本天明という人が著した『完訳 日月神示』(監修中矢伸一、ヒカルランド)だった(暫く後に入手)。
2012.10.15

 解説書『[魂の叡智]日月神示』(徳間書店)の何ページ目かに、日本はもう一度戦争すると書いてある。現在、日本の陥っている危機的状況から観れば、可能性を全面的には否定できない。南京大虐殺、所謂追軍慰安婦等々、捏造が明らかになったのだから、大東亜戦争が、侵略戦争でなかったのは事実だろう…
2012.10.15

 「我々は何者かの所有物」…チャールズ・フォート(『呪われた者の書』の著者)。地球に住んでいる人類は、宇宙の彼方/別次元からやってくる、高度な存在の所有物らしい。地球の何処かに戦争の絶えることがなく、さらに医学的な人体実験も起こっている。人肉嗜食が横行している国があるとも言うし…
2012.10.15

 日本人は、大東亜戦争の敗戦から今以って立ち直っていない。東京裁判による、一方的な罪悪感の刷り込みが原因か?呪縛を断ち切るべき時だ。『パル判決書』(講談社学術文庫)こそ、自信を失っている多くの日本国民にとって、必読書だ。同時に、イザベラ・バード『朝鮮紀行』(同)を併読すべきだろう。
2012.10.15

 『ムーンチャイルド』(原題名『捕蝶網』)は、ホムンクルスを巡る魔術戦を描くアレイスター・クロウリーのオカルト小説。魔術結社「黄金の夜明け団」内での確執が因で脱退して渡米、米国滞在中に書いた作品。出色は、「黄金の夜明け団」団員に対する悪口雑言だ。容赦なく斬って捨てる…半端ではない。
2012.10.18

 黙示録の獣、と自ら称していたクロウリーは、生前に「世紀の大悪人」と新聞に書き立てられていた。本人は、余り気にしていなかったようだ。日本は大東亜戦争で敗戦し、「極悪な国」の称号を貰った。善人を悪者にしたがる薄汚い連中は、何時の世にも蔓延っているものだ。最後の審判が降る日は近いかも。
2012.10.18

 アレイスター・クロウリーのオカルト小説『ムーンチャイルド』(創元推理文庫)は1990年に初版、2011年に復刊版(第3版)が出た。21年間、迂闊にも本書の存在を知らなかった。サマセット・モームの『魔術師』(クロウリーをモデルにした魔術師が登場)を読んだクロウリーは悪の限りを盡くす魔術師を面白がったという。しかしモームの、ホムンクルスの解釈に不満を抱き、『ムーンチャイルド』を著し、文豪へのお返しをしたらしい。本書のあとがきに、「1920年にほぼ完成し、1929年にロンドンのマンドレーク・プレスから出版した」とある。クロウリーは1915年から1919年の滞米中に、本書を描き上げていた。キング・クリムゾンのデヴュー・アルバム『クリムゾン・キングの宮殿』(1969年)の5曲目に、「ムーン・チャイルド」が入っている。作詞担当のプログラマーPeter Sinfieldは、クロウリーの『ムーンチャイルド』を読んだことがあるのかも知れない。
2012.10.18

 一昨年、コリン・ウイルソン『賢者の石』を再読して1ヶ月後、蝸牛のような速度で進んできてやっと400ページまで読んだ。この小説が「クトゥルー暗黒神話体系」に属する小説とは、以前には気づかなかった。そもそも、初めて読んだのがいつ頃かも憶えていない。まだ、クトゥルーを知らなかった頃だ。
2012.10.18

 コリン・ウイルソンの『精神寄生体』を、クトゥルー神話テーマの著者最初の作品と思い込んでいた。コリン・ウイルソンがラヴクラフトのクトゥルー神話を批判したのを、ラヴクラフトの知人オーガスト・ダーレスが怒り、ウイルソンに挑戦状を送った。それがきっかけとなり、生まれたのがこの作品だった。
2012.10.18

 自らクトゥルー神話を書き、出版社を経営するオーガスト・ダーレスが、コリン・ウイルソンのラヴクラフト批判に怒り、挑戦状を送ったのが『精神寄生体』の生まれるきっかけになった。では、『賢者の石』が出たのは『精神寄生体』よりも後か…調べたら、『賢者の石』初版(創元推理文庫)は1971年。出版は『賢者の石』(創元推理文庫)が1971年、『精神寄生体』(学研M文庫)が2001年だった。コリン・ウイルソンは『賢者の石』を書く以前、既にクトゥルー神話を読んでいたことになる。その後ラヴクラフト批判をし、ダーレスの挑戦に応じて『精神寄生体』を書いた。原書の初版出版は何年なのか…
2012.10.18

 コリン・ウイルソン「賢者の石」がクトゥルー神話とは、再読して初めて気づいた。以前に読んだ時には、まだクトゥルー神話を知らなかった。「前頭前部葉」なる架空の名称が記憶に残り、今回再読に及んだ…良い加減な自分に呆れる。次は、J.K.ユイスマンス『さかしま』(澁澤龍彦訳、河出文庫)だ。
2012.10.18

 一週間前、大型書店内をぶらついていて、『世界の三面記事』(国書刊行会)を見つけた。目次の中に「ジル・ド・レー」の名があったので、該当ページを斜め読みしてみた。ジル・ド・レー元帥については、J.K.ユイスマンスの『彼方』に恐るべき人物として描かれている。果たして実際に、ジル・ド・レーがユイスマンスの描いた通りの人物であったのだろうか。どの時代にもある三面記事が、嘘八百の可能性があるとするなら、ユイスマンスは、現実のジル・ド・レーに名を借りた、まったく違う人格を具象化したのかも知れない。ジル・ド・レーが、ユイスマンスの描いた通りの人物かどうかは断言できない。英雄であってもらっては困る連中の策謀によってジル・ド・レーは有りもしない罪を被り、敢えて冤罪に甘んじたのではないだろうか。そうなると、中世の英雄は古代ギリシアの哲人、ソクラーテスと似た運命を辿ったことになる。
2012.10.19

 一昨年、立ち読みした単行本の中に、信じられない説が書いてあった。第二次大戦中かドイツ敗戦間際に、日本製の原爆がドイツ軍から米軍に渡り、それが日本に投下されたというのだ。投下理由は、日本が列強に先駆けて原爆を開発したのが怪しからんってことらしい。これこそトンデモ本の類か…いやはや。
2012.10.21

 コリン・ウイルソン『賢者の石』が、「クトゥルー神話」に属する作品とは、一昨年に再読して気づいた。以前に、初めて同書を読んだ時には、まだ「クトゥルー神話」どころか、創始者のラヴクラフトをも知らなかった。『賢者の石』に登場する、「前頭前部葉」なる架空の名称が記憶に残り気になっていた。
2012.10.21

 「クトゥルー」の創始者、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトは手書きで怪奇小説を書き、パルプマガジン ウィアード・テイルズ誌に投稿するも採用ならず、極貧に耐えながら生きていた。日々の糧を、作家志望者の作品を添削することで得ていた。当時の怪奇小説の読書人口は500人程度だったとか。リン・カーターは『クトゥルー神話全書』の中で「ラヴクラフトは、出版社に渡す原稿の書き方を知らない、アマチュア作家だった」といった意味のことを書いている。もし、ラブクラフトがダブルスペースでタイピングした原稿をウィアード・テイルズ誌に送っていたら生前に有名な作家になっていただろう。ウィアード・テイルズ誌のオーナーから、H.P.ラヴクラフトに編集長の座を提供する旨、打診があったというから、ラブクラフトには文章を校閲する才能があったようだ。しかし、何故かその打診に応じなかった。健康上の理由で生地を離れられないか、他に退っ引きならない理由があったのかも知れない。
2012.10.30

 米国のSF作家フィリップK.ディックは生前、アンフェタミン中毒の経験を生かした、SF『暗闇のスキャナー』を描いている。その後、キアヌ・リーブズの主演映画、『スキャナー・ダークリー』(劇映画を基にアニメ化)ができた。小説に劣らずよくできた映画で、中でもロリー・コクレーンの演技が見ものだった。
2012.10.31

 これまで、ウィリアム・ピーター・ブラッティ『エクソシスト』(小説)やマラカイ・マーティン『悪魔の人質』(元神父の書いた実話、現在絶版)を再々読してきた。前者はサタンの存在を信じていたからこそ書けた作品ではないだろうか。後者はエクソシズムの事例5編から成る驚異的な書。なぜ絶版の儘?
2012.11.1

 1.トレイシー・ウイルキンソン著、矢口誠訳『バチカン・エクソシスト』(文春文庫)、2.マット・バグリオ著、高見浩訳『ザ・ライト』(小学館)、3.マラカイ・マーティン著、大熊栄訳『悪魔の人質』(集英社Playboy Books、現在絶版)。1.、2.、3.全てノンフィクション。4.ラルフ・サーキ著、楡井浩一訳『エクソシスト・コップ NY 心霊事件ファイル』(講談社):元ヴァチカン神父のマラカイ・マーティン師を崇拝する現役の警官が任務を遂行する傍らエクソシストの助手を勤め著した実録。以上、4冊を読破することによってエクソシズムを深く理解できるようになる。特に、『悪魔の人質』所収のケースⅤ「心霊世界へ旅立った超能力者」は、戦慄的な内容ながら広大、深遠かつ神秘的な異世界を垣間見させ、読む者に恐怖とともに眩暈を起こさせる。30年以上絶版のままだとは…是非復刊して欲しいものだ。我が家の同書は黴が生え、傷みが激しいので買い換えたいのだが。
2012.11.1

 『ザ・ライト ーエクソシストの真実』 同系列の別書店で見つけ出し購入した。アンソニー・ホプキンズ主演映画『ザ・ライト』のノヴェライズ版を想像していたが見事に外れた。ヴァティカンでエクソシズム講座を受講、エクソシストになる神父に取材したノンフィクションとのこと。既に同系統の書が出ているが…
2012.11.1

 日本はなぜ500年もの長い年月、漢字を使った後に、仮名文字を発明するに到ったのか、また『秀真伝』のヲシテ(ホツマ語)を片仮名表記し始めたのは、いつ頃のことなのか。元々、日本人はヘブライ語を使っていた(『大和民族はユダヤ人だった』)。そろそろ、日本人はルーツを知るべき時代になった。
2012.11.1

 人類は皆兄弟も大いに結構、しかし日本人は日本の起源を知る必要がある。強請、タカリの得意な人種の正体を知るためにも。ヨセフ・アイデルバーグ『大和民族はユダヤ人だった』は、ヘブライ語と日本語の類似性を教えてくれる驚異的な書だ。日本人は、アジア人どころか黄色人種ですらないことになる。 
2012.11.1

 聖徳太子の立案した『十七条の憲法』、17音節からなる俳句…『大和民族はユダヤ人だった』では、17の意味を次のように説明している。ヘブライ語のアルファベット22字は、夫々数字に対応しており、'tov'は、t=9、o=6、v=2となり、合計した数値17は「好い」を意味するというのだ。
2012.11.1

 去年1月10日に、偶々新書版の『大和民族はユダヤ人だった』(ヨセフ・アイデルバーグ著、たま出版刊)を見つけ、気になる書名につられて購入した。著者はロシア生まれのユダヤ人であり、数ヶ国語に堪能な元軍人とのことだ(80年代に死去)。本書の中で、ヘブライ語、日本語の共通性を指摘している。
2012.11.1

 心理学者カール・ユングは、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』を期待して読みながら、135頁目で必ず居眠りしてしまったという。今度こそはと張り切っても、結果はいつも同じだったそうだ。ジョイスはストーリィよりも、登場人物の意識の流れに重点を置き、読者の期待など端っから無視している。『ユリシーズ』の135頁目で居眠りをしてしまったカール・ユングは、ジョイスの小説に何を期待して読んだのだろうか。頭脳明晰なユングは『ユリシーズ』をお気に召さなかったらしい。晩年に『人間と象徴 ―無意識の世界―』を著した高名な心理学者は背後にある広大なギリシア文化に興味はなかった?
2012.11.5

 以前、タブロイド紙に、作家になれる人/なれない人の違いが書いてあった。「如何に長時間、机に向かっていられるかで決まる」と。そんなに簡単なことなのか。自己満足でよいなら、そうかも知れない。しかし、それでは生きては行けないだろう。読者を納得させることができなければ時間の浪費で終りだ。
2012.11.7

 『ザ・ライト エクソシストの真実』(小学館文庫)の319頁に、神経科学者とジャーナリスト共著の『霊的な脳』を紹介する一文がある…「不可視世界の何者かが、人間世界という巨大なショーを演出しているに違いない」とのことだった。
2012.11.7

 アイルランド人が、合衆国に移住して真っ先に就く職業は、警官あるいは密造酒造りだと何かに書いてあった。ジェフ・ブリッジズの主演した映画『ニュー・アメリカン・ヒーロー』では、主人公の父親は山中で密造酒を造っていたが、ある日、何を思ったか唐突に廃業してしまう。良心が咎めたためだろうか?
2012.11.7

 30代後半、それまで敬遠していた女流作家の作品を読み始めた。最初に読んだのが幸田文の短篇集だった。流石、文豪幸田露伴の才能を引き継いだだけのことはあると思った。女流作家に対する偏見は見事に消し飛んだ。次に、アーシュラK.ル・グイン『闇の左手』を読み、その完成度の高さに感心した。
2012.11.7

 以前、『文章読本』に類する新書を見つけた。「才能はなくとも小説は書ける」が謳い文句だった。しかし、技法を修得しただけで良質な小説が書けるものだろうか。いささか疑問に感じる。プロ作家を目指すなら、好みに合う作家を見つけ出し、作品を熟読玩味する…それに盡きるのではないかと思うのだが。
2012.11.8

 このところ、2次小説の人気が上昇中とか。書き易い/読み易いというのが理由らしい。映画業界はリメイク流行りで、それが読書界に波及したのかと想像するが、真偽の程は果たしてどうか。リメイクでも良質な映画『遊星からの物体X』(監督ジョン・カーペンター)があり、一概には悪いとはいえないのかも。
2012.11.8

 『ザ・ライト エクソシストの真実』(マット・バグリオ著、高見浩訳、小学館文庫)の319頁に、マリオ・ボールガード(神経科学者)とデニーズ・オリアリー(ジャーナリスト)の共著『霊的な脳』を紹介する興味深い一文が載っている。「不可視世界の何者かが、人間世界という巨大なショーを演出しているに違いない」…チャールズ・フォートの「人類は何者かの所有物」とする説に一脈通じる処がある。
2012.11.9

 自作のホラーSF『アダムの肋骨』第2部第11章の一部、「早朝、日本列島が太平洋の藻屑となり、消え去った…」を十数分前に、ツイッターに投稿して気づいた。当該部分を書いたのは、「3・11大震災」の起こる一昨年だった。2012年5月17日、「Puboo」にアップロードした、長編小説の311ページ目に該当部分がある。これまで、一度も気づかなかった!Pubooへの掲載は、3・11大震災後だったので、一度は削除を考えたがそのまま載せた。偶然の一致、あるいはユングの言う共時性か?
2012.11.10

 定説ではイエス・キリストは磔になった。しかし3人のジャーナリストがヨーロッパで取材した結果、驚くべき事実が明らかになる(柏書房刊『レンヌ・ル・シャトーの謎』)。磔は演出に過ぎず、イエスは仏へと脱出、生き永らえた。ダン・ブラウン『ダヴィンチ・コード』は本書から多大なヒントを得ている。『ダヴィンチ・コード』は盗作騒動で有名になり、小説はもちろん映画も大ヒットした。しかし同書の種本『レンヌ・ル・シャトーの謎』こそ、事実に基く内容なだけにスリルに富んでいる。『レンヌ...』からヒント或は霊感を得たと想われる、荒俣宏『レックス・ムンディ』は驚異的な奇書であり傑作だ。
2012.11.23

 十数年ぶりに、ラルフ・サーキ(Ralph Sarchie)『エクソシスト・コップ―NY心霊事件ファイル』(2001年、講談社刊)を読み返してみた。著者は、2001年時点で現役のニューヨーク市警巡査部長として、南ブロンクス46分署に勤務する傍ら、ボランティアでエクソシスト(司祭)の助手を務める。同書は、実際の活動から生まれた驚異的なノンフィクションで、『悪魔の人質』に継ぐ正当なエクソシズムの最良の記録といえる。同書29-30ページ(ジャック・ダニエルを呑みながら談笑する描写)から、著者の恩師というべき、マラカイ・マーティン師(『悪魔の人質』の著者)の高潔/高徳な人柄が読む者に伝わってくる。事例として載っている13夜99編の何れも、背筋の凍るような事例ばかりなので、心臓の弱い人にはお薦めできないが、ホラー・ファンなら夢中になるだろう。後記(353ページ)に著者は次のように書いている―「神を信じるかどうかは、あくまで本人の自由だ。…わたしが何を言おうと、信じない人は最初から信じない。そういう愚かな人間たちを、これまでいやというほど見てきた。…悪魔の存在を信じる人は、同時に神の存在も信じるはずだ。」
2012.11.26

   半可通が「日本語は論理的表現に不向き」などと言ってるのを、ネット上で偶に見かけるが、そう言ってる当人こそ論理的思考のできない人物なんだろうと思う。文章が論理的かどうかは、言語の違いよりも書き手の表現力が原因している。書き手が頭脳明晰か、自分の書いた文章に責任を持っているかだろう。
2012.11.30

 技術的参考書が理解しやすいようなら、それを書いたテクニカルライターは論理的思考のできる優れた頭脳の持ち主に違いない。しかし大抵の参考書はくだくだしい文章の倉庫にしかなっていない。技術分野の参考書には、文章に魅力がないのはよいとしても、論理性に欠け難解なばかりで面白くないのが多い。
2012.11.30

 カントの哲学書があまりにも難解なため、ドイツの読者から書き直しの要望が多かったという。そこで、カントは書きなおして再出版したが、相変わらず難解で理解し難かったらしい。そうなると、科学者であるカントの文章表現力に原因があったことになる。数式だけで表現した方がよかったのかも知れない。 
2012.11.30

 『地底世界人は本当に実在した』(ティモシー・グリーン・ベックリー、徳間5次元文庫)に、E.R.バロウズの『地底世界ペルシダー』についての説明がある。バロウズは、地底世界に関する膨大なノートを遺しているという…どんな資料を読み漁ったのだろうか。ベックリーの言うには、『地底世界ペルシダー』は余り面白くないとのことだが、そうなると余計読んでみたくなる。
2012.12.1

 『2001年宇宙の旅』に出てくるコンピュータ「HAL9000」は叛乱を起こし、『ステルス』では無人戦闘機が落雷で回路に異常を来たす。『アイアンマン』の主人公は、中東での体験から兵器開発/製造から撤退を決意し、兵器から無力な人々を守る側につく…米国のタカ派がそこまで反省するなら結構なことなのだが。同映画を観るまで、パワード・スーツを『宇宙の戦士』や『終わりなき闘い』の、戦闘強化服程度の認識しか持ってはいなかった。『アイアンマン』は、往年のハリウッド映画らしく人間味に溢れ、同時に現代の高度なテクノロジーを、反映していて唸らせるところがある。マシンは電磁気に弱く、人間は感情に溺れ易いってことらしい。
2012.12.1

 スティーヴン・キングも鈴木光司も、大変な怖がりらしい。特にキングは度を越していて、就寝時には灯りをつけたまま、さらに靴下を履くというから、恐怖心が半端ではない。息子たちに向かってキングが、「おまえ達は、真っ暗でも怖くはないのか」と言ったとか。 現在、絶版かも知れないが、映画『エイリアン』をアラン・ディーン・フォスターがノヴェライズした角川文庫版が、ホラーの要素をてんこ盛りにしていてなかなか読ませる。
2012.12.1

John D. MacDonaldのノンフィクション『No Deadly Drug』(Fawcett Gold Medal)の37-38ページに、次のような二人の遣り取りがある。
- Did you do all that, Joe?
- No.
- Were you drunk?
- No.
- How many drinks did you have?
- One!
- How big a drink was that , Joe?
- One drink! One!
- Look me in the eyes, Joe. Do you swear you had just one drink?
- Swear! One! One drink!
- How many drinks did you have, Joe?
- One!
- How big a drink was it, Joe?
- One drink!
- Okay, Joe. What did you drink that drink out of?
- Drum!
 以上は、Joeという青年(ネイティヴ・アメリカン)と、弁護士との間で遣り取りされた会話。Joeの罪状は、酔った挙句に乱暴狼藉を働き、逮捕に抵抗し、酒場に多額の損害を与えたというものだった。飲酒した一盃が、ドラム缶の量とは驚き桃の木だ。弁護士の質問に、Joeは熊を両手で抱える仕種をした、とあるから本当なのだろう。
2012.12.6

 ハワード・フィリップス・ラブクラフト(HPL)は、これまでポーの再来といわれてきた。しかし、HPLに ポーを期待するのは、酷ではないだろうか。昔、ポーを意識しなが らHPLの作品を読み、失望した挙句に破棄してしまうこと3回、もう金輪際読むものかと思ったものだ。しかし、4度目にまた買い直しをし、本腰を入れて読んでみた。 4度目にして、ポーとはまったく違う作家なのに漸く気づき、それからは何の抵抗もなく読 めるようになった。今では全集に加え、クトゥルー暗黒神話体系に属する小説も、目につく限り買い揃えている。クトゥルー・シリーズでは、フレッド・チャペルやクラーク・アシュトン・スミスが、上質な小説を書いている。チャペルもスミスも詩人であり、言葉選びでは敵う作家は、そう多くは存在しないだろうと思う。
2012.12.6

 Stephen King『The Shining』(Signet)の12ページに、以下のような母親と息子の遣り取りがある。

- He said the fuel pump was all shot to shit.
- No, 'All shot to shit.' Don't say that.
- Why?
- It's vulgar.
- What's vulgar, Mom?
- …Shit is a vulgar word. Nice people don't say it.
- Dad say it. When he was looking at the bugmotor, he said,
'Christ this fuel pump's all shot to shit.' Isn't Dad nice?
- He's nice, but he's also a grown-up. And he's very careful
 not to say things like that in front of people who wouldn't
 understand.

 以上は、「ホラーのキング」なる称号を持つ、スティーヴン・キングの『シャイニング』に登場する母親と息子の会話部分。なにやら、日本のTVドラマにも出てきそうな会話だ。日常の些末と思える光景を、さり気なく描写するところが、キングの面白いところかも知れない。
2012.12.7

 Michael Crichton『Sphere』(Pan)の56ページに、爆笑もののシーンがある。

His voice was noticeably higher-piched.
- You should like Donald Duck,
Norman said, and he laughed, too.
His own voice sounded squeaky, like a cartoon character's.
- Speak for yourself, Mickey,
Ted squeaked.
- I taut I taw a puddy tat, Norman said.
They were both laughing, hearing their voices.
…, their tinny voices like
those of school girls reverberating inside the steel cylinder.
Helium made their voices high and squeaky.

 『スフィア』は、SF嫌いの読者にも楽しめるSFではないかと思う。原文で読んでもそれほど困難なく読めるのは、故マイクル・クライトン(米国のSF作家)の表現力が、卓れている証拠ではないだろうか。映画監督まで手がける才人で、あったればこそ…なのかも知れない。
2012.12.7

 トマス・ハリスはハンニバル・レクター・シリーズの第一作として『レッド・ドラゴン』を書いている。レッド・ドラゴンは、『ヨハネの黙示録』に出てくる赤い龍のことらしい。イギリスにウイリアム・ブレイクという画家・詩人がいた。トマス・ハリスは、ブレイクの描いたレッド・ドラゴンの絵から、シリーズものの着想を得たのではないだろうか。ハンニバル・レクターは、自身をレッド・ドラゴンになぞらえ、殺人にのめり込んで行ったようで、そういう意味から『羊たちの沈黙』は立派なホラー小説だ。また、映画『フロム・ヘル』(ジョニー・デップ主演)では、容疑者ジャックは英国王室のお抱え医者にして、フリーメーソンの一員だったという設定になっている。謎が多すぎ、秘密結社が絡む、ホラー要素の大きい事件だ。『モスマンの黙示』(国書刊行会、植松靖夫訳)は、『プロフェシー』(南山宏訳)として、ソニー・マガジンズから文庫本として出ていた。絶版になってる可能性もあるが。現在でも入手可能なのは、鈴木光司の『リング』だろうか。米国でスティーヴン・キングと人気を二分する、ディーン・クーンツの長編小説は、どれもハッピーエンドで終わる。クーンツの、読者へのサーヴィスなんだろうと思う(?!)。
2012.12.11

 ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』は、ギリシャ神話が下敷きになっている。絢爛豪華な言葉の氾濫に、読者は只々押しまくられ溺れてしまう。 日本には、大長編小説はあるが、同書のように、最初から最後まで言葉が氾濫しまくりの小説は、記憶する限り一冊もない。
2012.12.11

 映画『未知との遭遇』の冒頭に登場する科学者は、フランスの天文学者ジャック・ヴァレーがモデルであったかと思う。ジャック・ヴァレーは、一時NASAに在籍していたことがあり、その時の知識が元かどうかは定かではないが、SF『異星人情報局』(2003年、創元SF文庫)を書いている。
2012.12.11

 かの人種は得体の知れない霊体に取憑かれている可能性がある。少しでも想像力の働く読者なら気づくはずだ。マラカイ・マーティン著『悪魔の人質』(集英社刊、現在絶版)には著者(元神父&悪魔祓師助手)の経験に基く事例5編が載っている。憑依は絵空事ではない…国交断絶して日本を除霊するべきだ。
2012.12.12

 地名や人名だけで、小説の内容まで変わってしまうことは、あるだろうと思う。人名は取り敢えず書いておかないと、会話の部分で一体誰が誰と話しているのか、書いてる当人が混乱を起こしかねない。地名は作品が完結してからでも、付けることは可能かと思うが、何故か人名よりも地名の方が付けにくく、後回しにしてしまう。翻訳ものを読んできたせいかも知れない。ウイリアム・フォークナーの作品、『アブサロム、アブサロム』だったろうか、その中にヨークナパトーファなる地名が出てくる。なんとも奇妙な響きの地名で、読者にどんな小説なんだろうと想わせるところがある。ラブクラフトのミスカトニック、スティーヴン・キングのキャッスル・ロック等々、アメリカ人はネーミングが上手い。
2012.12.13

 C.G.ユングの『空飛ぶ円盤』(ちくま学芸文庫):ユングのUFO解釈は、心理学的アプローチであり、一度読んだだけではとても理解しがたい。しかし、UFOの行動には生物的な一面があり、高名な学者の説には無視できないところがある。人類が共有する集合意識の顕現が、UFOなのかどうか、といったところだ。 『ナチスとNASAの超科学』(徳間書店):一寸見にはお馴染みのナチスものかと思いがちだが、さにあらず、「第3の選択」の続編に近い。火星移住の話は、大抵の人が知っている筈だ。なんと、ヒットラーの『わが闘争』の中に、その片鱗が存在しているとのことだから、穏やかではない。『ロズウエルにUFOが墜落した』(学研):今更の感はあるが、これまで何も語らなかった目撃者の中に証言する人が出てきたのは、驚くべき事態ではないだろうか。3軍、NSA、CIA等は今後も偽情報を流すようだし…
2012.12.13

 情報小説が流行し始めたのは、トム・クランシーの軍事小説が、人気を獲得してからだったろうか。PCを使いこなす現代人にとって、詳細なスペックは必要不可欠なのかも知れない。ギャビン・ライアルの、ハードボイルド小説『深夜プラス1』に、プロのガンマンが登場する。そのガンマンが、拳銃をホルスターから無造作に抜き、無造作に戻す様子をライアルは無造作に描いている。その描写が、如何にもプロのガンマンの動作らしいと、読者に想わせるところがライアルの凄いところだ。
2012.12.13

 最近、米国ではスティーヴン・キングの人気に陰りが見えてきたようだ。なにしろ、次々と大長編を叩き出すのだから、読者は読了するたびに披露困憊してしまう。20数年前、『トミーノッカーズ』を読んだことがあり、そのあまりの長さに閉口してしまった憶えがある。なにしろ、中に長編が少なくとも3編は詰まっている感じだった。どうして、別々に書かなかったのか、不思議に思ったものだ。キングは細部に拘る作家で、些細なことも省略せずに書く性癖があり、翻訳者(深町眞理子女史)泣かせだったという。私見では、理想的な分量は300ページ前後(リチャード・マシスンの『地球最後の男』)だろうか。これなら、びっしり書き込んでも、読者は読了に苦慮したり疲れたりすることはない(?!)。
2012.12.13

 片仮名はヘブライ語からの転用?読みばかりか表記までがソックリだ。大和ことばの起源がヘブライ語だとしたら、『秀真伝』(ホツマツタエ)のホツマ語「ヲシテ」とは、如何なる関係になるのか。もしヘブライ語よりもヲシテの方が古いなら、日本列島には先住民が、存在していたことになると思うのだが。
2012.12.14

 『秀真伝』には物質宇宙/地球および生命/人類の起源について、詠の形式で説明が載っている。ホツマ語「ヲシテ」は、外宇宙で誕生した文字(地球外起源)であるかのようだ。記号というより、コンピュータ世界でお馴染みのアイコンに近い。『秀真伝』が後世の偽書か否か、検証が必要ではないだろうか。
2012.12.14

 相当以前、日本でエジプトの古代文字「ヒエログリフ」が大ブームになったことがある。純金製ツタンカーメンのデスマスクが、古代文字ブームに火を点けるきっかけになったと記憶している。当時小生は、毎晩のようにネオン街を彷徨いていたので、エジプト文明には殆ど関心のない、只の酔っぱらいだった。
2012.12.14

 歳を取ると、大抵の人は宗教に関心を持つようになるらしい…数十年前、何かで読んだ憶えがある。UFOの存在を丸っきり信じていなかった30代の頃、会社の同僚から、「エゼキエルの書」(『旧約聖書』)に、UFOの描写がある」と聞き、地元の書店に文語訳「旧新約聖書」を買いに行ったことがある。
2012.12.14

 『大日本帝国の真実』(彩図社)の出版広告が数年前、産経新聞に載ったことがある。同書は、明治維新から大東亜戦争までを、手際よく纏めてあって読みやすく理解しやすい。中学、高校の歴史教科を補完する、副読本としても価値ある一冊だ。こういった本物の歴史書を、もっと頻繁に出版するべきと思う。
2012.12.20

 肉体は魂の牢獄…若い頃は常々そう思っていた。人間は他の主だった動物同様、昆虫や鳥のように飛行できないし、魚のように潜水できない。あまりにも制約が多すぎるのは、何かの罰を受けているのだろうと。一昨年、Twitter上で似たような呟きを、見かけたことがある…小生より肯定的だった。
2012.12.20

 「人類は何者かの所有物」(『呪われし者の書』の著者チャールズ・フォート)と似た説を、ウイリアム・ブラムリーがかつて唱えていた。フォートはUFO界では有名人だが、ブラムリーは研究者(弁護士とも言われるが不明)としか明らかになっていない人物だ(2011年3月刊『ムー』No.364)。
2012.12.20

 ブラムリーは「人間はなぜ戦争ばかりしているのか」疑問に思い、研究をすすめる中に「人類=何者かの家畜」説に辿り着いたという。各国の支配権を手先が占有し、人類を管理している可能性はある。その上で、何者かが手先に指令を出しているのかも知れない。単なる妄想であればよいが現実はどうなのか。
2012.12.20

 米国でスティーヴン・キングと人気を二分するディーン・クーンツ(最近は両者ともそうでもないようだが)は、下積み時代にポルノ小説を書いて糊口を凌いでいたそうだ。その片鱗は、ベストセラー長編小説に名残を留めている。しかし侮ってはいけない。短編は純文学作品として高く評価できる仕上がりになっている。
2012.12.26

 クラーク・アシュトン・スミスはホラー作家である前に詩人、彫刻家であり職人だった。凝りに凝った文体は、文学のジャンル分けが如何に無意味かを証明している。翻訳文からも窺うことができる程だから、原文からはスミスの真価を知るに充分な詩的表現を発見できるだろう。作家を目指すならスミスを師とするべきかも。
2012.12.26

 大和言葉では、1から10までをヒフミ…と数える。数字がなぜ、10までしかないのか考えて見たら、宇宙は10元素で成り立っているのではと思いつく。この場合の元素は、化学でいう元素とは当然意味が違うことになる。1がヒで10がトになり、ヒト(人)は宇宙そのものを、意味するのかも知れない。
2012.12.27

 故ヨセフ・アイデルバーグ(ロシア生まれのユダヤ人、元軍人)は、『旧約聖書』と『日本書紀』を照合し、類似性に着目している。その際に威力を発揮したのが、ヘブライ語と日本語の共通点だった。著者は京都のある神社で、日常の務めを果たす傍ら研究に打ち込んだ。その鋭い推理には説得力があり、もし健在であったなら更なる発見をしたかも知れない。
2012.12.30

 日本人の祖先がなぜヘブライ語を、故意/偶然に忘れてしまって、漢字を採用し、さらに平仮名や片仮名を発明するに到ったのか、アイデルバーグは何も述べていない。『秀真伝』の「ヲシテ」とはまったく関連性がないのかどうか…その辺りまで言及して欲しかった。第二のアイデルバーグ登場に期待したい。
2012.12.30

 日本人がいかなる種族にも属さない特異、かつ孤立した人種といわれているのは、日本語の特殊性にあるらしい。しかし、日本語がヘブライ語から転化した言語なら、日本人こそユダヤ人ということになる。アイデルバーグによれば、ユダヤ十二部族の中、十部族が大移動して日本列島に辿り着いたことになる。
2012.12.30

3.2014年

 如何なる小説も現実と虚構が混在しているはずで、作者が力量不足だと、ちぐはぐになり、辻褄合わせが難しくなる。才能ある作家は、その辺が矛盾なく整合性が取れ、現実と虚構が渾然一体になる。何処までが本当なのか分からない、といった作品が卓れた文学作品として世の読者の認める処となるのだろう。
2014.1.1

 ノーベル文学賞を受賞した莫言氏は、裕福な農家(中濃)の出のために迫害を受け、「穀潰しのクソ餓鬼」(新聞の記事)と言われていたという。同氏が共産党員であることから、文学賞発表後にノーベル財団に抗議の電話が殺到したそうだ。作品は作者を無視して一人歩きするもの、割り切って考えるべきだ。仏には元泥棒のジャン・ジュネの書いた小説があり、元脱獄囚が実録映画に出演し脱獄の手法を披露していた(『穴』)。金属棒でコンクリートに、見る間に大きな穴を空けていく様は圧巻の一語につきる。独逸の作家ギュンター・グラス(『ブリキの太鼓』)は元ナチ党員だった(自ら告白)。作者の経歴は作品と切り離すべきと考える。
2014.2.7

 P-38ライトニング、F-104スターファイター、SR-71ブラックバード等、傑作機を創り出したケリー・ジョンソンは、スエーデンからの移民の息子だった。ケリーは通称名で本名をクラレンスというのだそうで、以前立読みした航空誌で初めて知った。本来なら買うべきだが金欠のために断念した。SR-71ブラックバード等、数々の傑作機の設計者ケリー・ジョンソン(本名クラレンス・ジョンソン)は、苛め加害者である富豪の息子と乱闘の末に、相手の脚をへし折った強者だった(一昨年、街中の書店で立ち読みした『航空情報』誌がソース)。スエーデンからの移民の息子ケリーが米で大活躍した。富豪のバカ息子(苛め加害者)と乱闘の末、バカ息子の脚をへし折ったクラレンスは、同級生からケリーの愛称を奉られることになった。気に入ったクラレンスは以後、ケリー名を使うようになりケリー・ジョンソンと名乗り、傑作機の設計者として名を轟かせた。スエーデン人の底力には脱帽するしかない。
2014.2.9

 マラカイ・マーチン『悪魔の人質』(集英社、ハードカヴァー)…アイルランドの元神父(ヴァチカンでは幹部の一人だった) が実体験(エクソシストの助手)に基いて書いた事例5編が載っている。恐怖度ではNo.1だろうと思う。宇宙の神秘、深淵を垣間見せ、読む者を震え上がらせる。20世紀の最高傑作ではないだろうか。現在、初版が出て以来、絶版状態で30年になるだろうか。出版社が、なぜ再版/復刊しないのか不可解。
2014.4.16

 パトリシア・コーンウェル『切り裂きジャック』 (講談社、ハードカヴァー)…米国の女流ミステリー作家。資金7億円を投じて資料を収集、100年以上前のロンドンでの事件を徹底究明したノンフィクション。一読の価値あり。
2014.4.16

 ジョンA.キール『モスマンの黙示』(国書刊行会、ハードカヴァー)…米国のUFO研究家の作品(本人の主張では実話)。謎めいていて恐怖感がユックリと全身に染みこんでくる。リチャード・ ギア主演で映画化されている(『プロフシー』)。10年ほど前に文庫版を書店で見かけたことがある。
2014.4.16

 アーサー・クラークが生前、H.P.ラヴクラフトの作品を読んでいたとは、これまで想像もしていなかった。猛暑の8月、クラークのSF『楽園の泉』を読み返し、第2部冒頭部分に引用文の出典として、「ミスカトニック大学...」とあるのを発見した(早川SF文庫)。二十数年前には気づかなかった。
2014.8.7

 大宇宙にはドラコニアンが君臨し、レプティリアンやらグレイやらを使って、地球の人類を支配しているらしい…立ち読みした単行本に書いてあった。常識から判断するなら、奇想天外/世迷い言程度で終わってしまうところだ。しかし、そこで思考停止したのでは何も変わらない。謀略は密かに進行している。
2014.9.23

 昨日、30度近い暑さの中を、歩いたり電車に乗ったりして少し遠出をし、駅ビル2階にあるこじんまりした書店で、アーサー・クラークの『地球帝国』を探したが見つからず、スタニフワフ・レムの『ソラリスの陽のもとに』(早川SF文庫)、ロブ・ゾンビ, B.K.エヴェンソン共著『ロード・オブ・セイラム』(TO文庫)を購入した。『地球帝国』はハードカヴァー本を持っていたが、傷みが激しく手放してしまった。目当ての『地球帝国』は見つからなかったが、面白そうなホラー小説『ロード・オブ・セイラム』(文庫本、発行元は「TOブックス=株式会社ティー・オーエンタテインメント」)を見つけた。本作は、ロブ・ゾンビ、 B.K.エヴェンソンの共同執筆によるサイケデリック・トリップ・ホラー映画の原作とのことだ。ロブ・ゾンビは、1985年にニューヨークで「ホワイトゾンビ」なるバンドを結成、現在はソロ活動を続ける傍ら、映画の監督・脚本を手がけるなど多才…知らなかった。
2014.10.3

 北欧系(?)米国人に、ブライアン・エヴンソン(Brian Evenson)なる作家がいる。過激な暴力的描写が原因で、カミさんと喧嘩になり別れた上に職を失うなど、かなり八方破れの生き方をしてきた。しかし、それでへこたれず、ブラウン大学文芸家主任教授になり、現在も作品を発表している(新潮社から柴田元幸訳の短編集『遁走状態』が出ている)。ホラー小説『ロード・オブ・セイラム』の共著者 B.K.エヴェンソンは、ブライアン・エヴンソンと同一人物らしい…『遁走状態』のあとがきで、翻訳者が言及している。
2014.10.3

 一週間ほど前、面白い文庫本を2冊入手した。一方は上中下巻の中、上巻(トーマス・マン『ファウスト博士』:岩波文庫)しかなく、他方は上下の中、下巻(皆上、志水、加門『新・トンデモ超常現象60の真相』:彩図社)しかない。入手後に補充したかどうか、見てみたがそんな気配はさらさらになかった―最近、書籍の売れ行きがはかばかしくないためか、店員氏/嬢は熱意を失ってしまった模様だ。下巻しかないのは、取り敢えず上巻だけ読むつもりで買った読者がいたためだろう。それはそれで分からないこともない。腑に落ちないのは、3巻本の中の上巻しかなかったことだ。普通の読者なら、揃っていない文庫本は買わないないだろうし、書店にとっては困った事態だ。
2014.10.22

 アドルフ・ヒトラー『我が闘争』(上下2巻、角川文庫)を入手した。前回、上巻が無かったので買い控えていてよかった。中には、欠番を放置したままの文庫本もある…2、3日前に買った2冊がそうだった。補充する/しないは、売れ筋かそうでないか、或は出版社の遣る気ある/なしの違いなのだろうか。在庫を置かないのが方針なら、補充せずにおいたのでは却って逆効果と思うのだが。紙媒体の売れ行きが芳しくないのは分かるが、放ったらかしではますます売れ行きが落ちるばかりではないか。それはそうと、『事件記者コルチャック』(早川文庫)を買ったら、ヒトラーについて言及している箇処があった。
2014.10.23

 偶然の一致は、結構な頻度でおきている可能性がある…気がついていないだけなのだろう。偶然の一致=共時性/シンクロニシティは、気がつくかつかないかの違いだけであって、案外、日常茶飯事の出来事なのかもしれない。そう考えるなら、不思議でも何でもないってことになる。それでは実も蓋もないか。
2014.10.23

 記者(特にアカ/サヨク系統)とは一体如何なる存在なのか。チョッと気がかりになってきた、という訳でもないが『事件記者コルチャック』を読んでみた。吸血鬼の仕業を匂わせるコルチャックを黙らせようとする警察、明言を避ける知り合いのFBI捜査官…結末や如何に。久しぶりにワクワクしてきた?!
2014.10.25

 小説は文学性云々より、まず面白くなくては話にならない。個人差はあるが、読んでみて面白いと思ったらそれでよいのではないだろうか。PCの世界には、参考書を面白いと言った岩谷宏氏(ビートルズの訳詩で有名)のような人もいたことでもあるし、計算ずくの作品より失敗作の方が面白い場合もあるし…
2014.10.25

 積んどくだけでは芸がないので、『我が闘争』の最初の方や解説を少し読んでみた。獄中で孤独と闘いながら、執筆したものとばかり思っていたが、口述筆記したとのことで少々しらけた。画家を目指して試験を受けたが合格せず、無惨にも初志を貫徹できなかったとか…以前に読んだことがある(書名失念)。
2014.10.25

 『週刊文春』11/6号新聞広告、『ホットゾーン』の著者リチャード・プレストンへのインタヴュ記事に目が止まり、早速、同書を入手し読んでみた。戦慄的ノンフィクションほどの迫力はなかったが、エボラ出血熱の片鱗を再確認できた。致死率が下がった分、感染率が上がっているとしたら、却って危険になった。
2014.10.29

 読みたい記事があったので、何十年ぶりかで週刊紙を買った。3ページ足らずのインタヴュー記事だったので、些か不満足だったがそれなりに考えさせる…本来なら大々的に特集記事として、もっと突っ込んだ質問/回答を活字化して欲しかった。同誌には他に、小気味良い痛烈な中村某批判記事が載っていた。
2014.10.29

 エボラ・ウイルスはザイールの町、ブンバ、ヤンブクの辺りを流れる河「エボラ」で見つかったのでこの名称になったという。しかし、発生源については不明で、ケニヤ、ウガンダに跨がる(地図上ではそのように見える)キタム洞窟(Kitum Cave)に生息する、蝙蝠が媒介したという説がある。リチャード・プレストンは、エボラ・ウイルスを発見するべく、キタム洞窟探検に出かけたが、結局は見つからなかったと著書に書いている。また、グレン・クローズの父親、医学博士ウイリアム・T・クローズの著書『EBOLA』がIVY BOOKSから出ている。プレストンのレヴューが載っている。
2014.10.30

 文庫本の単行本化とでも言うべきか、数年前から、千円を超える文庫本が目に付くようになってきた。却って、新書版の方が手頃な価格に落ち着いている感じだ。嘗て、映画ヴィデオがテープの時代、1万5千円前後したものだった。いまでは、DVDが3枚3千円で買え、良質の映画を自宅で楽しめる。
2014.11.15

 旧ソ連・レニングラード出身、現モントリオール大学歴史学教授のヤコヴM.ラブキンは著書『イスラエルとは何か』(平凡社新書)の中で、「…イスラエルは、正統的なユダヤ教徒たちの国ではない。…古代イスラエルと今日のイスラエル国は別物である。」と述べている。矢張り、何者かの支配下にある。
2014.11.17

 ジョン・トーランド著、永井淳訳『アドルフ・ヒトラー』(「PLAYBOY BOOKS」単行本シリーズ、1979年刊、集英社)の読み返し(三回目)をしてて、特異な人物を刻銘に描き出した著者の手腕には只恐れ入っている。上・下、千頁超の大冊に、これまでは上の空といった読み方だった…反省。
2014.11.17

 絶版した名著は数え切れないほどあるはずで、そういった名著を差し置いて、軽い読み物ばかり出版していたのでは、書物離れは一層進むに違いない。今では、上・下巻の文庫本の中、下巻が売れ残っていたりする。売れ残りの下巻を購入して一週間ほど後に、件の書店に行って見たら下巻のみ補充してあった。
2014.11.17

 文庫本の二巻本と単行本の二巻本では、分量を比較するまでもない。以前のノンフィクションものでは、上・下2巻の合計が千ページを超える場合、1ページに縦2段組が当たり前だった。文庫本の2巻ものを読む意欲までなくしてしまったら、日々電車に乗って通勤する勤め人を停年まで勤めるなど到底ムリだ。
2014.11.17

 近頃、節約しなければならないにも拘らず、外出する度に何かを購入している。大抵は書籍か映画DVDだが、洋画は別として、高額な新装版文庫本が徐々に増えてきている…文庫本の単行本化が、密かに進んでいるのではないかと思う。昨日購入した文庫本も千円を超えている…一方は1、000円丁度だったが、他方は1、450円だった。
2014.11.21

 ヒトラーは第一次世界大戦時、不思議な体験をしている。塹壕の中で戦友と夕食を摂っている最中に、繰り返し「立って向うへ行け」(ジョン・トーランド著、永井淳訳『アドルフ・ヒトラー』上巻73ページ、1979年刊、集英社PLAYBOY BOOKS)と繰り返し命令するのが、何処からともなく聴こえてきた。そこで、20ヤードほど移動して食事をしていたところ、流れ弾(砲弾らしい)が移動前の位置に着弾し戦友は全員死亡した。その後も、何度か奇跡的に命拾いをしている。これは、憑依現象の好例かもしれない。
2014.11.28

 理系、文系は意外と親和性があるらしい。イタリア系フランス貴族ルイ・ドゥブロイは、1910年、ソルボンヌで文学および歴史を学んだ後、理論物理に転身、1929年、量子力学分野でノーベル賞を受賞した(ルイ・ドウ・ブロイ著、河野与一訳『物質と光』解説:317ページ…1972年刊、岩波文庫)。「詩や文学は世間が思っているよりも科学と共通点がある。」…V.S.ラマチャンドラン、サンドラ・ブレイクスリー著、山下篤子訳『脳のなかの幽霊』謝辞:402ページ(角川文庫:平成23年刊。原著『Phatoms in The Brain』V.S.Ramachandran, Sandra Blakeslee)。
2014.11.28

 『邪神たちの2・26』クトゥルー・ミュトス・ファイルズ⑦(田中文雄著、2013年、創土社刊)を入手した。今まで「2・26事件」を殆ど知らずに通してきたので、これを機に同事件に関する知識を得られればと思う。もちろん、ホラー小説として愉しめたら、それに優ることはないのだが…。邪神から日本を守るために、将校が起こした「2・26事件」というのが小説の設定らしく、クトゥルーがどのように絡んでくるのか興味津々。
2014.11.30

 「クトゥルー暗黒神話体系」に属する、田中文雄著『邪神たちの2・26』(クトゥルー・ミュトス・ファイルズ⑦、2013年、創土社刊)を読了した。新書版、236ページの本書は、創始者ラヴクラフトの文章に比較して非常に淡泊な表現なので、長編としてそれほど長くは感じない。読むのが速い読者なら1、2時間で読んでしまうだろう。クトゥルー・シリーズお馴染みの小道具を、文中にさりげなく登場させるところなど見事というほかない。贅肉を落とした無駄のない表現は、散文詩を読んでいるような錯覚に陥るほど徹底している。何処までが事実か、何処からが虚構なのかを知るには、著者があとがきに載せている参考文献が、役に立つのではないだろうか。巻末には、別に解説が載っているが、著者のあとがきだけで十分であり、おまけ程度にしかなっていないのが愛嬌だ。
2014.12.7

 毎日、小説、非小説など複数の書籍を気紛れに読んでいる。2・26事件関連1冊(今後増える)、ノモンハン事件関連3冊、ヒトラー関連2冊、ジョイス関連2冊(『ユリシーズ』道半ば、『ダブリン市民』読了)、トーマス・マン関連1冊(上読了、中・下未入手)等々。その中、新発見があるかもしれない?
2014.12.26

 『邪神艦隊』(菊池秀行著、創土社刊)を探したが、売れてしまったか見つからなかった。代わりに『邪神帝国』(朝松健著、同社刊)を入手した。アドルフ・ヒトラー、ナチス・ドイツ等を題材に、クトゥルー暗黒神話を描いている(はず)。『邪神の2・26』(同社刊)は読了したし、次は如何なる展開に?
2014.12.26

 クトゥルー暗黒神話の描く世界こそ、現在の世界、特に危険水域にある日本に当て嵌まる。邪神が地球乗っ取りを画策、あわよくば現在の日本人と入れ代わろうとしているに違いない。空想やら妄想と思っているなら、想像力が貧弱すぎる。純日本人の中に、魂を売ってしまった哀れな輩が存在するので分かる。
2014.12.26

 12/28付産経紙に、英国の記者ヘンリー.ストークス氏の書いた「南京大虐殺の嘘」を載せている。祥伝社新書から、同氏の著書『英国人記者が見た 連合国戦勝史観の虚妄』が出ているのを、同紙で知り、迷わず購入した。ついでに、同じ書棚に渡辺望著『蒋介石の密使 辻政信』があったので購入した。
2014.12.28

4.2015年

 渡辺望著『蒋介石の密使 辻政信』(祥伝社新書)のまえがきに、辻が人肉を試食したと書いてあるが、本文の何処にも詳述していない。もし事実なら、著者は記録を読んだはずだから、出典を明らかにするのが筋ではないだろうか。辻は、山下奉文大将の辛辣な人物評価通りの下衆野郎ではあったが…。
2015.1.7

 紙の書籍を減らすつもりが却って増えてきた…近頃、非常に気になるのがアンジェリーナ・ジョリー、エボラ出血熱、石原莞爾、関東軍、2・26事件、ノモンハン事件、辻正信、さらにルドルフ・ヘス。一見、脈絡がないようだが、ジグソーパズルが解けるように、一点に収斂する日がやってくるかもしれない?
2015.1.14

 このところ外出する度に紙の書籍を買っている。空きが目立った書棚が、またぞろ塞がってきた。去年の暮に、気紛れ起こして立ち寄った駅中の書店で『ホットゾーン』(飛鳥新社、新装版)を購入した。旧版にはなかった翻訳者の「あとがき」が付いている。翻訳は旧版と同じ、ミステリーで有名な高見浩氏。
2015.1.19

 最近インターネットの活用に留まらず、立ち読みが多かった書店で新書や文庫本を買うようになった。一時は電子書籍への移行を考えていたが、大東亜戦争時の回想記などは紙の書籍しか見当たらず、昔に戻り始めた―書棚に紙の書籍がまた増えてきた。2・26事件、ノモンハン事件、軍閥に関する複数の書籍…
2015.2.18

 近頃、ニッキョーソの教えてきた嘘の歴史を捨て、本物の昭和史を学び直す必要があると痛感する。文部科学省にだけ任せないで、苟も日本人なら自ら再学習するぐらいの意欲を持ちたいものだ。パチンコに費やす金と労力があるなら尚の事、戦前から戦後までの70数年を調べるべきだろう…人生は短いのだ。
2015.2.18

 トワイライトゾーンから霊感を得たという短編小説(電子書籍)を購入した。作者は米国の作家ジェイスン・マッキンタイア氏。これまで、同氏の長編小説を4作(何れもキンドル版)購入している。怠け心が災いして、まだ一作も読んでないのだが…他の作家の作品も購入しているので読まねばと思っている。
2015.3.13

 『ムー』4月号に「ヒトラーは日本人だった」なる記事が載っている。現在、自宅で『アドルフ・ヒトラー』(ジョン・トーランド著)を何度目かの再読中(残すところ100ページ足らず)で、些か気になり購入した。ヒトラーの出生についてはユダヤ人説が有力だった…当人自身、側近に調査させたことがある。
2015.3.17

 アウシュビッツ収容所々長だったルドルフ・ヘス(和平工作を目論み、メッサーシュミットを自ら操縦して英国に渡ったヘスとは別人)の告白録を読みながら、ホロコーストが事実なら、ヘスなる人物はヒトラー同様の狂人だったに違いないという思いを強くした。出版前の筆跡鑑定の信憑性有無が気になるが…
2015.3.17

 南京事件(?)を扱った独仏中合作映画が近々公開になるようだ。独仏両国だけならある程度真実を含んではいるだろうが、シナも製作に関わっているとなっては、虚偽を真実であるかのように言いくるめているに違いないと思わざるを得ない。秦郁彦著『南京事件』(中公新書)を買ったことだし検証せねば。
2015.3.17

 ヘスの告白録(書名失念、講談社学術文庫)は出版時、編集者(学者)が鑑定を行なったという。手書き原稿なのだから当然といえば当然だが翻訳書には証拠を示す写真等の鑑定結果を掲載していない。日本の読者は説明を信じるしかない訳だ。『アンネの日記』偽物説が存在する以上、単純には受け入れ難い。
2015.3.17

 近くの大型書店に珈琲店が開店、雑誌購入後に寄ってみた。外出先では大抵、ブレンドが定番だったが、気紛れにもグアテマラ産を注文してみた。キリマンジャロに比較したら、大変ソフトな口当たり…アメリカンコーヒーに近い。これまで、キリマンジャロかブレンドで済ませていたが、一銘柄ふえた。
2015.3.17

 秦郁彦著『南京事件』(中公新書)を読了し、次いで笠原十九司著『南京事件』(岩波新書)を読了した。同じ書名でも、内容に相当の違いがあるのには驚いた。前者はできる限り一次資料を採用し、極めて冷静に手際よくまとめている。後者が参考としている資料には、相当に問題があるのではないだろうか。当時、南京攻略を疑問視する隊員が、軍隊内に少なからずいたという。補給が儘ならない状態で進軍するには無理があっただろう。投降してくる便衣兵の扱いに関する不徹底が徒に惨劇を助長したか、或いは通州事件に対する報復が根底にあったのかもしれない…『南京事件』読了後にそういった考えが過った。
2015.3.22

 ロバートR.マキャモン著『スワン・ソング』(福武書店刊)を17、8年ぶりに読み返している。文庫本2巻で1、200ページを超える大作ながら、読み始めたら止まらないほど面白い。恰も映画を観ているように情景が鮮やかに思い浮かんでくる。語り口の巧さではスティーヴン・キングの同種の作と甲乙つけがたい。
2015.4.15

 スティーヴン・キングの『ザ・スタンド』には読了するまでに四苦ハ苦した憶えがある。キングの大長編は余りにも長過ぎる…複数の長編が混在しているようだ。『シャイニング』、『呪われた町』は纏まりがよく、読了後に機会があったら再読したいと思わせる面白さがあった。能動態の多用が長過ぎの原因?
2015.4.15

 『スワン・ソング』(マキャモン)には久し振りに夢中になった。気づいたら読了していた(なんてのは誇張だが、とにかく面白かった)。ちょっとした警句めいた表現が作品に彩りを添え、読書欲をそそるところは「巧い」に尽きる。目下、『異星の客』(ハインライン)を再読している。何れも十数年ぶり。
2015.4.26

 吉祥寺まで行って、スティーヴン・キングの『不眠症』(文春文庫)を購入した。新品なのに薄っすら埃が積もっていた…入荷以来、立読みした人がいなかった模様だ。上下2巻の分厚いホラー小説では誰も手を出す気にはならないと見える。二十数年前、地方の図書館で1/3ほど読んだっきりになっていた。
2015.4.28

 現在読書中の著書の中には、分厚い本(コリン・ウイルソン『オカルト』)から手頃な厚さのSF(A.E.ヴァン・ヴォークト『イシャーの武器店』)まで、その時の気分で(何分にも気紛れなので…)硬軟取り混ぜ読み耽っている―漱石『文学論』、ユング『著作集1』等々。
2015.4.28

 『不眠症』(文庫本上下2巻)の中に、CATVドラマ『フリンジ』に頻繁に登場する「監視人」の、モデルになったと思えるチビでハゲの医者3人が出現する。3人の中の1人が悪役を、後の2人が善人を務める。TVドラマでは善人役(セプテンバー)は1人のみ、残りはなぜか悪人ばかりらしい処が違う。
2015.5.5

 スティーヴン・キング『不眠症』を読み始めて4、5日が経ち、余すところ3百数十ページとなった。日常些事の刻明な描写や露骨な性的表現は、それまでの作品と変わる処はない…露悪趣味とも思える性描写には辟易するが、そこまであけすけともなれば、むしろ無邪気にさえ思えてくるのは圧倒的な筆力の所為だろう。
2015.5.5

 スティーヴン・キングの『不眠症』を読了し、プロローグとエピローグが格調高い文体なのに、本文が大衆向きな表現に終始しているのに気づいた。二十年以上前に読んだことのある『トミーノッカーズ』の後半には、純文学顔負けの長文がひょっこり顔を出したのを憶えている…摩訶不思議な作家だ。
2015.5.8

 久しぶりにブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』(創元推理文庫)を、平井呈一の格調高い名訳で読み返している。作品の良し悪しは原作者次第だが、それだけに留まらない…翻訳家の力量がものをいう(名訳は永遠不滅)。最近は外出の都度、文庫本や映画DVDを購入している。これから悔むことのないよう(もう十分過ぎるほど悔んだ)、読みたい本を読み、観たい映画を観ることにしている。5月早々、レ・ファニュ『吸血鬼カーミラ』(創元推理文庫)、『ロボコップ1、2、3およびリメイク版』(映画)を購入した。これで、主要な吸血鬼ものやロボットものが揃った…自己満足。
2015.5.8

 近頃、自宅書棚に南京大虐殺や東京裁判関連の書籍が増え始めた。日本人でありながら、大東亜戦争の真相を知らずに過ごすのは愚かしいと気づいた。毎日が楽しいだけで終わっては御先祖様に申し訳ない。有りもしない嘘を盾に、日本を非難する狂国に鉄槌を下すには、虚偽を見抜く知識や知恵が必要だろう。
2015.5.24

 昨日(6/11)、野暮用を済ませてから、個人経営の書店で文藝別冊増補新版『ピンク・フロイド』(KAWADE 夢 ムック、河出書房新社刊)を、次いで大型書店でパトリシア・コーンウエル『検屍官』(講談社文庫)を、さらに書店を出てレコード店に立ち寄り、クリストファー・リー主演のドラキュラ映画『ドラキュラ復活/血のエクソシズム』(『THE SCARS OF DRACULA』)を購入した。購入時には意識しなかったが、帰宅して珈琲を呑みながら戦利品を眺めている中に、『検屍官』の女検屍局長はScarpetta(スカーペッタ)といい、ドラキュラ映画の原題名にはSCARSとあり、最初の4字まで綴りが共通しているのに気づいた。偶然の一致と言ってしまえば、それだけのことだが、結構な頻度で偶然の一致が起こるのが不思議だ。
2015.6.12

 一ヶ月前、吉祥寺駅ビル内にある書店で、ラッセル・エドワーズ著『切り裂きジャック127年目の真実』(2015年2月28日初版、角川書店刊)を偶然見つけ、迷わず購入した。著者は、被害者の着用していたショールをオークションで入手(実際は当日は落札せず、後日入手)し、同書に事件との関わりから説き始め、真犯人を突き止めるに到る(はず)。まだ1/3しか読んでいないので断言できないが。昔、パトリシア・コーンウェルの『切り裂きジャック』(2003年、講談社刊)を読んだことがある。私費7億円を投じて調査を行ない、画家のシッカートが真犯人と結論を下していたような気がする。仁賀克雄著、決定版『切り裂きジャック』(2013年、ちくま文庫)は、コーンウェルの推理の間違いを指摘していたと思う。莫大な私費を投じながら、真犯人を突き止められなかったのは、あまりにも事件が風化しすぎ、有名なミステリー作家にも手に負えなかったということだろうか。数日前の夕刊フジに、切り裂きジャックの記事が載っていた。見出しには、「ロンドン警視庁 切り裂きジャックなど140年間の…」とある。滅多に買わない同紙を偶々買ったら、記事が載っていたのだから、偶然の一致/共時性が起こったのか…不思議。
2015.6.12

 読書中の他の小説やらノンフィクションをさて置き、パトリシア・コーンウエルの第一作『検屍官』を2日がかりで読了した。もっと集中していたら、数時間で読了できたかもしれない。女流作家の小説を読むのは久しぶりだ…『切り裂きジャック』を除き、コーンウエルの作品を読んだのは今回が最初になる。
2015.6.15

 女検屍官と反発しあいながら捜査に執念を燃やす、屈折した精神の持ち主、刑事のピート・マリーノが面白い。マリーノ曰く、「…そういうやつらは息をつくのと同じくらいたやすくうそをつける…」、「犯人は切り裂きジャックみたいな野郎なんだ」。作者は第一作『検屍官』でジャックを念頭に置いていた!
2015.6.15

 以前に、「菅家」(かんけ)なる日本人が存在するのを知った。東雅夫編『幸田露伴 怪談』(怪談傑作選、ちくま文庫)に収録の『金鵲鏡』(きんしゃくかがみ)に、「…かささぎの…といえる菅家が…」なる一文があり、「菅家」の註として文末の8に「平安前期の学者、菅原道真のこと。」とある。菅家(かんけ)なる日本人名は、東北に多いのだとか…ヒョッとして帰化した日本人の通名/偽名の類なのか?過日、これまで何度か読んだことのある、レイモンド・チャンドラーの『ながいお別れ』(清水俊二訳、ハヤカワ文庫)を購入した。
2015.6.15

 息をつくように嘘をつく人種が、実際、この地球上には存在する。嘘も百回いえば本当になるそうで、そういった国では嘘つきが大半/全てなんだろう。嘘ついたら閻魔様に舌を抜かれる、日本に住む日本人には想像もつかない世界だ。嘘を承知で嘘を吐いているのか、自分で吐いた嘘を信じ込んでしまうのか…
2015.6.19

 女検屍局長ケイ・スカーペッタの活躍する、パトリシア・コーンウェルのミステリーを第一作から第三作まで、いずれも500ページを超える大作にも拘らず、気がついたら読了していた。訳文の読み易さが主因―翻訳者にそれだけの力量があるということだろう―だが、三作目の『遺留品』を読み始めて間もなく、訳語/訳文に気になる部分が見つかった。1.「…臭覚の鋭い動物は…」(38ページ、14行目):嗅覚だろうと思うのだが…単なる入力ミス/誤植なのか。2.「…顔の表情には、…」(46ページ、一行目):顔と断るまでもなく、表情と言ったら顔を指すに決まっているはずだが。顔を除くそれ以外の場合には、例えば「自然の表情」などと表現する必要はあるだろうけど。3.「…いわばアキレスのかかとなのだ。」(62ページ、14行目):原文を直訳したのか、弱点を指しているのだろうから、アキレス腱ですむはずなんだが。4.「…のデータバンクを作成する…」(107ページ、9-10行目):文脈から考えて創設とでも訳した方がしっくりくると思うのだが。5.「…などの微物が…」(114ページ、5行目):小片とか細片とか、他に適切な訳語はないのだろうか。6.「…エドガー・ケイス…」(183ページ、3-4ページ):エドガー・ケイシーのことだろうと思うのだが、子孫に配慮しこのような表記にしたのだろうか。コーンウェルとは別の女流作家の、『魔女の鉄槌』では訴訟を想定した結果、作中に登場する実在した人物名を仮名にしてあった。
2015.7.4

 早瀬利之著『真珠湾われ奇襲せり パールハーバーの真実』(2014年刊、光人社NF文庫)の、265ページ、11-12行に次のような解説がある―「…ハル・ノートにある『支那とはどこまでか、満州を含むのか』を、誰一人確認していない…」。ハル・ノートには、日本軍の支那からの全面撤退を要求するとは書いてあるが、満州については一言も触れていないというのだ。日本軍の軍人、政治家、外交官の誰一人、満州を含むかどうかを質してはいない。「支那からの全面撤退」の一文が、満州を含むと誰もが思い込んでしまったとしか考えられない。もし、満州を含まないとなったら、日本は自存自衛とはいえ、無謀な大東亜戦争に突入することはなかったのではないだろうか。大東亜戦争は不可解な戦争だったとしか考えられない。軍部内に敵と通じていた者が複数存在していた可能性はある。
2015.7.20

 レイモンド・チャンドラー著『プレイバック』(清水俊二訳、ハヤカワ文庫)、226ページ、2-5行目に、「ユダヤ人というと、…鼻まで盗んでゆくと…。…みんなでたらめだ。心のなかさえわかれば…。りっぱな人間だ。」とある。一説によると、日本人は、消えたユダヤ12部族の子孫なのだそうで、それが事実としても今更の感がなくもない。真偽のほどは定かではないが、『アンネの日記』は筆跡が違うので、本人の書いた作品ではないという。偽物が横行する今日、偽ユダヤ人が何か良からぬことを企み、世界を引っ掻き回しているのかもしれない。チャンドラーの言うように、本当のユダヤ人は正直なんだろうと思う。
2015.7.26

 山田風太郎著『同日同刻』(ちくま文庫)、64ページ、4-8行目に、「『…雑賀教授の…。…、教授は廊下に飛び出して、頓狂な声で「万歳」を叫んだ』この雑賀教授こそ、戦後広島の原爆慰霊碑の『…過ちは繰返しませぬから』の文句を書いた人であった。…」とある。真珠湾攻撃の一報に狂喜して「万歳」を叫んだ教授が、戦後、原爆慰霊碑に「過ちは繰返しませぬから」と書いた真意は何であったのか。本人が存命なら訊いてみたいと、思うのは小生独りではないだろう。「過ちを繰返しませぬ」というべきは、原爆投下を大統領に進言したマンハッタン計画責任者レスリー・グローブズであり、垢(コミュニズム)まみれのルーズベルトの後任として大統領になったトルーマンではないか。この二人の野心家こそ、人類最大の過ちを犯した愚か者だ。
2015.7.26

 紳士用服飾品店の経営に失敗して借金を負いながら、秘密結社に関わりを持つようになり、数年間の苦闘の後、結社に尽くした功績により、合衆国大統領の座に上り詰める。この人物こそ、日本に原爆投下を命じたハリーS.トルーマンだった。大統領職にありついたトルーマンは夜毎のんだくれ、ホワイトハウスに無事に辿り着くまで、FBIがゴミ箱の影から見守っていたという。日本が降伏しなければ5、60個の原爆投下も辞さなかったそうで、そのキチガイぶりは折り紙つきということだろう…出典:主に、ユースタス・マリンズ著『カナンの呪い』(成甲書房、2015年刊)p112-115、および他の書。
2015.8.5

 人類は二度の世界大戦だけでは足りず、第三次世界大戦をも起こしかねない危機的状況に近づいている。ユースタス・マリンズ著『カナンの呪い』(成甲書房、2015年刊)を読了して、一層その感を強くした。同書362ページ(13行目)には、戦争は人身御供を捧げるバール信仰の狂宴とある。また368ページ(6-8行目)に、ナチ党(アドルフ・ヒトラーの政党)の由来に就いて、ヘブライ語でドイツを意味するアシュケナジムの政党だったとの説明がある。さらに375ページ(16-19行目)に到り、戦争を起こす狂人の主目的が、邪神バールの祭壇に大量の人身御供を捧げることであるらしいと分かってくる。信じがたい話だが、ドレスデンおよびケルンの空爆、東京大空襲、広島および長崎への原爆投下はそのためだったのだろう。
2015.8.15

 『カナンの呪い』を読むと、世界大戦の首謀者はかの有名な秘密結社ということが分かる。同書378ページ(16-17行目)には、マルクスがニューヨークの新聞社に記事を寄稿していた時期、秘密結社との繋がりによって定収入を得ていたというから、キョーサン主義者が日米開戦を画策していたのは間違いのないところだろう。ファシストなる名称は398ページ(19行目)~399ページ(1-2行目)の説明によると、カナン人(後年フェニキア人と改称)が敵対者(カナン人の首府カルタゴを破壊したローマ人)への蔑称として用いたのが始まりだという。431ページ(13-14行目)には、イスラエルに住むカナン人(大部分がハザール人)に就いて、「…キリストを罵り、嘲る人々」と述べている。邪神バールを崇めるカナン人は、名称を変えながら現代まで生き延びてきた…セム人を抹殺するまで安眠はできないらしい。現代は、英米のセム系白人ばかりか日本人も標的になっている。
2015.8.15

 ライフ『世界の大都市』同様、30年近く積んどく状態で放置していた『「文芸春秋」にみる昭和史』(文藝春秋、1988年刊)全3巻を読み始めた。本書は第一巻の昭和元年から始まり、第三巻の昭和六十二年で完結、全巻の合計2,000ページ超は圧巻の一語に尽きる。最近、新装版が出たようだが、1988年5・15事件や2・26事件の当事者の証言に加え、開戦に到るまでに、対米英開戦を回避するべく交渉の任に当たった元陸軍少将の貴重な証言等、当人しか知り得ない事実が載っている。日米の権力者等が進言に耳を貸し、開戦回避に努めたなら、愚かにして不幸な戦争は起こらなかっただろう。また、本書には「第一回芥川龍之介賞、直木三十五賞決定発表」(執筆:石川達三、川口松太郎)が載っている。今回の芥川賞受賞作の中『火花』は発行部数、200万部を超える大ベストセラーになった。不況に喘ぐ出版業界にとっては、一寸した朗報に違いない。不況の原因は他にあると思うのだが、なにはともあれ、ベストセラーが増えるのはよいことだ。出版社がやる気を起こしてくれれば、不況から脱出できるのではないだろうか。絶版本を放置して置くなど、やる気のなさには一読者として腹が立つ。久しぶりにエド・マクベインの87分署シリーズを読み、余りに面白いので探したが、読了した2冊を除いて皆無だった。一体、どうなっているのだろうか…解せない。イジケてないで何とかせいや…余計なお世話だろうけどそう言いたくなる。
2015.8.26

 三十数年前に購入した、『The Making of Kubrick's 2001』(edited by Jerome Agel、publisher: The New American Library, Inc.、First Printing, April, 1970)は傷みが激しく、買い替える必要があった。電子書籍サイトKindle Storeにアクセスし検索してみた。結果は驚くべきものだった―10,880円台の値段が付いていた。なにぶん三十年以上前なので、購入価格がいくらだったのか記憶にない―表紙の右肩に、SIGNET*451-J7139*$1.95とある。ペーパーバック版なので、日本では1,000から2,000円の間ではなかったかと思う。以前に、『悪魔の人質』(集英社PLAYBOY BOOKS、1980年刊、ハードカヴァー、¥1,900)がインターネット上に、3万円台の値段で載っていた。同書を読み返してみて、これほどの傑作は稀ではないかと痛感した。インターネット上に出ている当該古書が、どの程度の損傷や汚損なのかによるだろうが、正直のところ値段は付けられないのではないかと思う。その後、売れただろうかと今でも時々思い出す。出版元が復刊するのが最良なのだが…
2015.9.15

 「悪魔学は『誇大広告』、魔術はがらくたの『寄せ集め』、悪魔祓いは『狂気の沙汰』、悪魔憑きは『悪い冗談』…」―マラカイ・マーティン著、大熊栄訳『悪魔の人質』43-44ページ、コナー神父(眼光鋭く饒舌な、アイルランド生まれのフランシスコ修道僧。「悪魔祓いを十四回ほど執り行なった…」)の言。
2015.9.15

 「南京大虐殺」、「所謂追軍慰安婦」等のデタラメを振り翳して難癖をつけ、日本に集り続ける狂った害人には、コナー神父の宣った『狂気の沙汰』なる「悪魔祓い」を行なう必要がある。それが無理なら、かのナントカ大陸、ナントカ半島そのものを隔離するしかない。狂人に善処し続けるなど愚かの極みだ。
2015.9.15

 『ニューヨーク ライフ世界の大都市』(アントニー・バージェス著、タイムライフブックス、11978年刊)の、1222ページ、17-19行目に次のような解説がある―「…ミュージカル絶頂期のブロードウエイの舞台は、『Barney Google』や…」。このミュージカルの作詞者、ビリー・ローズはロウァー・イーストサイド(ニューヨーク市マンハッタン区)出身のユダヤ人。速記者として働くかたわら、ソングライターを目指したが果たせず、ナイトクラブの支配人と劇場主になったという人物らしい。インターネット世界で有名な「Google」は、10の100乗を意味する「googol」なる数学用語に由来するという。Googleの創始者セルゲイ・ブリン(Sergey Brinはロシア生まれの東欧系ユダヤ人、ラリー・ペイジ(Larry Page)は米系ユダヤ人(米国生まれ、母親がユダヤ人)ということから、ビリー・ローズの『Barney Google』が二人の念頭にあったとしても不自然ではないと思うのだが…。
2015.9.27

 40年以上前、米川正夫訳の『罪と罰』を一気読みして以来、ドストエフスキーの作品は数えるほどしか読んだことがない。最近、江川卓訳の『悪霊』を読んでいて、これだけはどうにかならんかと思える部分にでっくわした…米川訳では「お母さん」としている部分が、江川訳では「ママ」になっているのだ。『異邦人』(カミユ)の冒頭部分(だったと思う)に、「昨日、ママンが死んだ」という表現が出てくる。同書の「あとがき」に、「ママン」は日本語では「母ちゃん」になると書いてあったと記憶している。翻訳物には決定訳といえる名訳が少なからずあると思うのだが、ドストエフスキーの作品には複数の翻訳が存在する。江川訳の『悪霊』は非常に読み易いのだが、「ママ」の訳語には違和感しか覚えない。今のところ我慢して読んでいるが、読了後は手放すしかないかなと思っている。ドストエフスキーの作品に関するかぎり、米川訳の格調の高さに匹敵する翻訳は、他にはないのではないだろうか。訳文の古さは却って時代の雰囲気を醸しだしているだろうし、誤訳の夥多など悪訳でなければ問題にもならない。とにかく、ドストエフスキーの作品を単独で全訳した、米川正夫の力量には感服するほかない。
2015.10.6

 『罪と罰』を40年以上前に一気読みして以来、ドストエフスキーの作品で、真剣になって読んだ覚えのあるのは『地下室の手記』、『死の家の記録』、『悪霊』の3作に過ぎない。昨日(10/8)、米川正夫訳の新旧『罪と罰』を購入/入手した…新版の方はカヴァーディザインが秀逸な角川文庫(平成25年12月15日 改版4版発行)、古書の方は新潮文庫(昭和60年4月30日 70刷)。角川版は「あとがき」によると、米川和夫氏(ご子息)によって訳文の旧かな、旧字体の訂正が行なわれている。新潮版と読み比べ、はたして違いが小生の読書力で分かるかどうか、じっくり味わってみたい。今回のノーベル文学賞受賞者は、ベラルーシのスベトラーナ・アレクシエービッチ氏とのことで、名前から察するにロシア系なのかも知れない…ベラルーシ語はポーランド語に近いのだそうだが。
2015.10.9

 久々の「UFOもの」読後感(その一):1ヶ月前、近郊の書店で見つけた『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか ルーズベルトからオバマまで秘密の歴史』(ラリー・ホルコム著、安納令奈[訳]、2015年9月30日 第一刷、徳間書店刊)が気になり、数日前購入した。久々の「UFOもの」読後感(その一、続き):ラックに鎮座した三冊の中、一冊が売れていた。同書は、歴代大統領下での米空軍によるUFO隠蔽の歴史を綴っている。初見の興味深いエピソードも散在し、従来の類書とは少なからず異なった内容だ。訳文はこなれていて読み易いが、久々の「UFOもの」読後感(その一、続き):一部に訂正した方がよいと思える訳語が見受けられる。「→」から左側に同書の訳語、右側に従来訳を示す。p51の2行目「方向変換」→「方向転換」、p74の16行目,p131の9-10行目「アラマゴード」→久々の「UFOもの」読後感(その一、続き):「アラモゴード」(Alamogordo)、p72の5行目「マクミュラン」→「マクミラン」(McMillan)、p76の15行目「マッカンドリュー」→「マッカンドル-」(McAndrew)、久々の「UFOもの」読後感(その一、続き):p83の14行目「白目(錫と鉛の合金)」(ウエブ上で検索しても出てこない。訳注が欲しいところだ)、p99の3行目、4行目「緊急発動」→「緊急発進」/「到着」→久々の「UFOもの」読後感(その一、続き):「接近」/「帰着」→「帰還」、p102の9行目「統制」→「制御」、同p102の16行目「ヒーフェイ」→「ヒーフィ」(Heafy)、p116の4-5行目「爆撃・偵察航空機」→久々の「UFOもの」読後感(その一、続き):「爆撃偵察機」(「戦闘爆撃機」なる呼称が慣例化しており支障ないはず)、p120の13行目「シャンドラ」→「シャンデラ」、p124の8-9行目「マクドネル」→「マクダネル」(McDonnell)。読書進行中につき、まだまだ続く…
2015.10.18

 日本でドストエフスキー研究の第一人者、清水正(まさし)日大芸術学部教授によると、工藤精一郎訳『罪と罰』(平成26年5月30日 63刷、新潮文庫…以下、新潮文庫新版と略記)の冒頭には決定的な誤訳があるというので、同書を購入し読んでみた。清水教授の指摘しているのは、「小部屋を借りているS横町のある建物の門をふらりと出て、」(『罪と罰』上巻の5ページ/7-8行目)とある冒頭部分だ。問題の部分は、米川正夫訳『罪と罰』上巻(昭和60年4月30日 70刷、新潮文庫…以下、新潮文庫旧版と略記)では「借家人から又借りしているS横町の小部屋から通りへ出て、」となっている。ところが、読み進む中に門があることが判明する―「門の下へおりて行きながら、」(工藤訳、新潮文庫新版p151/1行目)、「門の下へと降りて行きながら」(米川訳、新潮文庫旧版p115/11行目)とあり、冒頭部分の工藤訳は丸っきり根拠の無い「決定的な誤訳」ではないことになる。他の訳書との違いを強調するべく、強引に書き換えたのではないだろうか…そこまでする必要はなかったと思うが。工藤訳には他にも誤訳があるようだが、それほど神経質になる必要はないのではと思う(増刷時に改訳した方がよいけど)。工藤訳の『死の家の記録』(平成17年9月30日 36刷、新潮文庫)は、米川正夫訳とは異なり、ハードボイルド調(冷徹、冷ややか)に徹している。それでいながら、ドストエフスキーのユーモアを思わせる部分があり、思わず笑ってしまうのだから、卓れた翻訳ではないかと痛感する次第。
2015.10.23

 最近、江川卓訳の『悪霊』を読んでいて、これだけはなんとかならんかと思える部分にでっくわした。米川訳で「お母さん」としている部分が、江川訳では「ママ」になっているのだ。『異邦人』(カミユ)の冒頭部分(だったと思う)に、「昨日、ママンが死んだ」という表現が出てくる。同書の「あとがき」に、「ママン」は日本語では「母ちゃん」になると書いてあったかと思う。江川訳の『悪霊』は非常に読み易いのだが、「ママ」の訳語には違和感しか覚えない。目下、我慢して読んではいるが、読了後は手放すしかないかなと思っていたところ、さいきん購入した工藤精一郎訳『罪と罰』上巻、p391/12行目に「パパがかわいそう!」という訳文を発見し愕然とした。パパなどと訳しているのは一箇所だけらしい―以下の行では「お父さん」となっている。パパなどといった、バタくさい表現では虫唾が走る。問題の箇所は増刷時に改めてほしいものだ。
2015.10.24

 最近、書店に少しづつだが、新訳が目につくようになってきた。誤訳の多い思想書や小説なら、新訳が出てきて当然だが、エドガー・ポーやサマーセット・モームの新訳までもが出始めたのには驚く…ポーもモームも、決定訳ともいえる名訳が揃っているのに。なにを今更と憎まれ口をききたくなる。出版社は売る熱意が足りないのを棚に上げ、目先を変えて新たに読者を得ようとしているとしか思えない。名訳なら何もいうことはないが、不幸にして誤訳だらけだとしたら、読み易いだけでは売れないだろう。寧ろ誤訳が判明した段階で、速やかに改版を出してくれた方が一読者としてはあり難い。
2015.10.24

 工藤精一郎訳の『罪と罰』は2,3の誤訳や「パパ」(一箇所)などといった気になる訳語はあるものの、無駄のないすっきりした名訳ともいえる訳文なので読み易い。上質なミステリー小説を読んでいるような錯覚に陥る部分があったり、問題の箇所さえ改めたら、米川訳に匹敵する名訳になると思うのだが。
2015.10.25

 米川正夫訳(1989年3月16日 改版第1刷、岩波文庫)および江川卓訳(平成26年3月15日 49刷、新潮文庫)の『悪霊』を読了し、「スタヴローギンの告白」(米川訳は下巻p153-209に「未発表の章」として挿入し、江川訳は下巻p641-713に「スタヴローギンの告白―チホンのもとにて」として掲載している)を再読、改めて『エクソシスト』(ウイリアム・ピーター・ブラッティ)や『悪魔の人質』(マラカイ・マーティン)が脳裏に蘇ってきた…聖書に精通していたドストエフスキーは前ニ者よりも遥か以前に、憑依現象について気づいていた可能性はあるのではないか。
2015.10.26

 3種類の『罪と罰』―米川正夫訳の新潮文庫版(昭和60年4月30日 70刷)および角川文庫版(平成25年12月15日 改版4刷)、さらに工藤精一郎訳の新潮文庫版(平成26年5月30日 63刷)―の読み比べを行ない、一昨日、なんとか読了した。翻訳文を詳しく調べてみた訳ではないが、全編のおよそ1/3か2/3が会話、しかも、何時果てるとも知れない饒舌で成り立っている、このような小説は小生の知る限り他にはない。ドストエフスキー作品の特異性は、聖書を根底に据えたヴィジョンにある―40数年ぶりに再読した結果、そのような感想を抱いた。米川訳は誤訳がありながら、ご子息(米川哲夫氏)が改版を手がけられたことから、いまでも全国の書店で入手できるほどの長寿を保っている。工藤訳には、ドストエフスキー研究の第一人者、清水正(まさし)日大芸術学部教授の指摘により、冒頭部分に致命的な誤訳(むしろ、翻案と考えられるのだが)の存在が明らかになった。この誤訳部分を改めさえしたら、工藤訳は上質にして一級のミステリー小説に匹敵し、純文学愛好家のみならずミステリー・ファンからも、広く支持を得られるようになるだろう…無名・自称作家のたわごと。
2015.11.8

 昨日、外出時に立ち寄った書店の中公文庫売り場で、結城昌治著『軍旗はためくもとに』(2006年7月25日 改版)を発見、30数年前に読んで以来、気になっていた一冊だったので購入した。前日に、Kindle Storeで同書を検索、電子書籍化していたので絶版になっていると思い込んでいた…幸運だった。2006年以降に増刷せず、絶版になったための電書化なのかもしれない(後日、キンドル版も購入するつもり)。憲法9条死守に励む害人はともかく、能天気な日本人はもちろん、やっとのことで覚醒めた真の日本人にとって、同書は必読書の一冊ではないだろうか。
2015.11.10

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